テレビ界でも「政権交代」発生か

保守派から左派への政権交代によって、あらゆる分野でさまざまな変動が予想されているフランス。その中には、意外というか当然というか、放送界そしてニュースの世界も含まれている。新大統領選出より以前から実は予測されていたという変動とはいかなるものか。5月8日付のベルギー『ル・ソワール』紙は、国外からの視点で興味深い動きを忌憚のない筆致で伝えている(TF1 chute avec Sarkozy. Le Soir, 2012.5.8, p.39.)。
1986年に第1チャンネルが民営化されて以降、フランスのテレビ界は民放のTF1、そして公共放送であるフランス2(旧アンテンヌ2)の二大強豪が対決する構図で成り立っている(例えば両者とも午後1時と8時の2回、その日のメインニュースを放送するというのが不動の競合図式となっている)。そして勝者はほとんど常にTF1であった。毎日発表されるチャンネルごとのプライムタイムの視聴者数ランキングで、フランス2は文字通り2位に甘んじていることがほとんど。株主や経営者との関係で右寄りの傾向が強いと常に囁かれるTF1は、午後8時のニュース、その後のプライムタイムの娯楽番組共に、安定的な強さをこれまで保ってきたとされる。
サルコジ大統領が就任した翌年である2008年、TF1でちょっとした「事件」が起こった。1987年以来20年以上にわたり、8時のニュースのキャスターを務めてきたパトリック・ポワヴル・ダルヴォール氏(長過ぎるので通称PPDA氏)が退任し、有料民間放送カナル・プリュスの人気女性司会者、ローランス・フェラーリ氏が新たにニュースキャスターに抜擢されたのだ。この出来事の背景には、TF1の大株主である大手建設企業、ブイグ社の社長とサルコジ氏が昵懇の仲であること、PPDA氏が行ったとされるサルコジ氏をからかうような発言が彼の逆鱗に触れたことなどがあったと噂されている(このあたりの記述は『月刊FACTA』2008年8月の記事を参考にした)。一方のフランス2は、2001年からその任にあるダヴィド・プジャダス氏(NHK-BSのフランスニュースで日本でもおなじみ)に8時ニュースのキャスターを長期続投させる堅実路線をとると共に、番組フォーマットのテコ入れ、いわゆる「見せ方」の多様化、分析やルポの充実といったコンテンツの強化を逐次進めてきた。
そして迎えた今年の大統領選。社会党のオランド氏が終始有利に戦いを進めたこの選挙では、テレビをめぐっても大きな変化があった。5月6日の決選投票結果を報じる特別番組の視聴者数は、TF1で460万人だったのに対し、フランス2は580万人と大差をつけての圧勝。第1回投票結果やオランド・サルコジ両氏の対論番組についても、フランス2の視聴者が数でライバルを上回った。しかもこの事態には伏線があって、ここ1年、大きな出来事(イギリス皇太子の結婚式など)があった際のニュースでは、たいてい公共放送の方が好成績を叩き出している(普段の放送では、ニュース後の映画やドラマの影響が大きく、引き続きTF1優勢らしいが)。
こうした経緯と結果から読み取れるのは、フランス人にとって「8時のニュース」としてまず思いつくのが、これまではTF1だったのに対し、今後はフランス2のそれになるのではということ。TF1にとっては、右派的とみなされてきた報道姿勢に疑問符がついたと同時に、安定した評価を保っていたPPDA氏(現在も民放ラジオRTL、それにもう1つの公共テレビ局フランス3で活躍中)を追い払ったことのツケが深刻な形で回ってきた可能性が充分推測される。『ル・ソワール』紙の記事は、TF1の経営陣が、キャスターと視聴者を信頼で結びつけるいわく言い難いものの存在について理解していなかったと論評すると共に、「(政治に)変化を求めた有権者は、テレビにも変化を求めた視聴者ということではないか」と述べている。なんでもフェラーリ氏には近日にもキャスター職を辞するのではとの憶測が少なからずあるようだけれど(註:この記事の段階では憶測だったが、5月29日に本人が実際に辞任を表明)、TF1はニュース報道の編集方針や(右派色という根本的なところは変わらないにしても)局のイメージについて、きちんと再考することを求められることになるだろう。2012年に放送界を襲った地殻変動は非常に大きいものだったと、後に語られる出来事になるのかもしれない。