国際競争力、好成績の秘訣と陥穽

毎年5月末から6月にかけて、経済界を中心にちょっとした話題になるのが「世界競争力ランキング」。ローザンヌにあるビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)が発表するこのデータ、日本は今年27位(前年比2ランクアップ)だったそうだが、今回注目されたのが、本ランキングの地元であるスイスが例年にもまして好成績を収めたこと。5月31日付の『ル・タン』紙はこの件の背景などについて解説を加えている(Le Suisse monte sur le podium de la compétitivité mondiale. Le Temps, 2012.5.31, p.15.)。
IMDが1989年以来作成、発表しているこのランキングは、329もの各国経済指標の分析と、世界的なオピニオンリーダーの意見とを2対1の割合で取り入れ、総合的にはじき出されたもの。今年の順位は1位が香港で前年と変わらず、2位は前年の同着1位から下がった米国、そしてスイスは2011年の4位から順位を上げ3位につけており、これまでの最高位を記録している。スイスについてこの10年間を見ると、2004年だけ14位とかなり急激に下落したものの、それ以外は常にベスト10入りしており、過去4年間では4位を3回続けた後5位といった感じで、総じて目覚ましい成績を残していると言えるだろう。
スイスのランクが高いのは、まずもって評価対象となる各種の経済指標のスコアが良いことに基づいている。財政の健全性は瞠目すべきものがあり、また失業率は他国と比べ非常に低い。政治経済は安定していて、人材は豊富、また競争性の観点から適切な税制が実施されている。さらに今年の上位進出には特別な事情も指摘できるようだ。IMD所属のエコノミスト、アンヌ−フランス・ボルジョー・ピエラッチ氏は、EU加盟国が総じて危機的、または非常に不安定な状態にあり、またアジアでも経済成長に陰りが見られるなかで、相対的にスイスの地位が上がったと考えるべきではと述べている。納得のいく説明ではないかと思う。
ちなみに、類似の調査として知られる世界経済フォーラムジュネーブに本部を置き、ダボス会議を毎年主催していることで有名)の国際競争力ランキングでは、スイスは今年、なんと1位に輝いているというから、この国の経済の強さ、安定性には異論なく確かなものがあるのだろう。もちろん、今後に向けて不安材料がないわけではない。ヨーロッパ経済が不安定なまま推移するなら、これら欧州各国を主な工業製品等の輸出先とするスイスにもいずれは深刻な影響が予想される。またユーロ安・スイスフラン高の趨勢も(日本における円高と同じように)、輸出を中心とする各種産業に打撃を与え、場合によっては生産拠点や研究開発部門を国外に移転するという動きに波及しかねない。ほどほどの為替の安定が経済運営においては望ましいわけで(GDPの半分を商品・サービスの輸出で占めるこの国ではなおさら)、対ユーロでのスイスフランのレートに対する防衛ラインの設定(及び必要な為替介入)は、多々疑問の声を招いたとは言え、まずは自然な流れだったと評することもできるかもしれない。
さて、本記事は最終的に、経済が国外、世界に対して開かれていることが競争力を強めるための不可欠の条件である、そしてスイスはそれを果たしているという主張を明確に打ち出す。しかし、この新自由主義的とも評せる主張には、やはり多少の留保が必要であるように思えてならない。EUに決して加盟せず、国際社会の批判に抗し頑として銀行の秘密を守り続ける(最近は多少折れているようだが)スイスの姿は、単に開放国家と規定できるものではなく、(開放すべき部分は開放しつつ)歴史的に積み上げられた国是と既存の国力をどう活かすかに自らを常に賭けているというべきではないか。それも国が歩むべき一つの道であり、もちろん否定はしないが、「開放国家」の強みと一般論的に自賛されても鼻白んでしまうばかりというのは、当方の見方に歪みがあるからだろうか。