バーゼルアート見本市に集うセレブたち

現代美術というのは当方正直なところよく分からなくて、ポンピドゥー・センターに行っても観覧時間がルーヴルやオルセーにはるか及ばないというところがある。それでも現代に胎動する芸術として貴重かつ重要であるのは確かだし、結果としてそれに高い値がついて、愛好者や好事家の注目の的になるというのもあり得ることだろう。6月14日付のスイス『ル・タン』紙は、バーゼルで開催される世界的な現代アートフェアと、そこに現れるいわゆるセレブリティたちの「活躍ぶり」についてレポートしている(Ce que les célébrités achètent à la foire de Bâle. Le Temps, 2012.6.14, p.26.)。
毎年6月に開催され、世界を代表する現代美術品商談会の一つとして知られるアート・バーゼル。1970年に第1回が開かれた老舗のフェアでもあり、そのステイタスは極めて高い。ここ10年くらいは、12月に米国のマイアミビーチで実施される関連イベントにも貴重な作品が続々と出展されており、これと併せてフェア全体の評価はますます確固たるものになってきている。
そして、この商談会にお忍びで、あるいは公然とやって来るのが、芸能界を闊歩するいわゆるセレブの人々。ヴァル・キルマーブラッド・ピット、P・ディディ、ナオミ・キャンベル、ウィル・スミス、エイドリアン・ブロディ、ジェイン・シーモアパメラ・アンダーソンといった面々が、これまでにバーゼルかマイアミビーチを少なくとも1回は訪れたことがあると伝えられる。彼らが作品を見るのは内覧会の場とほぼ決まっているので、一般客が彼らとすれ違うことはなさそうだが、いわゆるゴシップマスコミは鵜の目鷹の目で、セレブのお出ましを待ち構えているのが常。在NYのインテリア・デザイナーで、美術好きの有名人のコンサルタントも務めているマリア・ブリトー氏によれば、グヴィネス・パルトロウは大いにこのフェアに食指を動かされているにもかかわらず、芸能記者にネタを提供するのがイヤなので、実際に足を運ぶことはないのだと言う。
もちろん、マスコミ攻撃にもひるまず、わざわざバーゼルまで足を運ぶセレブもいる。ブラッド・ピットは2008年に初めてこのフェアに降臨。この年はオランダ人デザイナー、ヤルーン・フェルホーフェンの手によるロココ風の大理石テーブルなどを購入したという。翌2009年には、ドイツ人ネオ・ラウフの絵画「エタップ」を、100万ドル以上の価格で買い上げた。一方、ロシアの「石油王」(『フォーブス』の2012年世界富豪番付で68位にランクイン)にして英プレミアリーグチェルシーFCのオーナーも務めるロマン・アブラモヴィッチ氏も、さすがの成り金的迫力で毎年たくましい購買欲を遺憾なく発揮する。2008年にジャコメッティの彫刻「ヴェニスの女I」を1,400万ドルで、2010年はスロヴァキアのデザイナー、トマス・リバーティニィの作品を6万5,000ユーロでそれぞれ購入。昨年は愛人ダリア嬢と共にやってきて、ジェイソン・ローデスのインスタレーションを100万ドル近くで手にいれた(彼女へのプレゼント?)と伝えられている(この他、2009年にはウォーホルの作品にかなり心惹かれたようだが、結局買わなかったとのこと)。
そして、著名人の出没率がより高いのが、彼らの本拠地により近いマイアミビーチでの商談会。こちらは会場に集う収集家の真剣さという点ではバーゼルに劣るが、その分よりカラフルで、またより奇妙で面白い(キッチュな)作品が多く登場する傾向があると言われる。有名ラッパーのP・ディディは、昨年ここで、イギリスの美術家トレイシー・エミンの手による作品を買い求め、7万1,000ドルを支払った。この事実をアメリカのファッション誌『W』をはじめ多くの雑誌が取り上げたことから、アメリカではまだそれほど有名でなかったエミンの知名度がグンと上がったとも言われるようだ。元プレイメイトで連続ドラマ「ベイウォッチ」に出演したパメラ・アンダーソンは、2008年の当会場にビキニとTシャツという姿で現れて人々の度肝を抜いたが、彼女とて(いくら格好が大胆過ぎるとはいえ)現代アートへの関心はまんざらでもないということらしい。
こうした一部の熱気と騒がしさに対し、美術関係者は比較的冷静さを保っている。商談会の特別出展部門を担当するアート・アンリミテッド社で長くキュレーターを務め、現在は別のフェア(アート・ジュネーブ)の運営委員長であるシモン・ラミュニエール氏は、「結局のところ、(来場者が)セレブであろうとなかろうと、あまり関係はありません」と基本的にはクールな認識。「確かに、フェアの中で一部のジェット族に占められている部分は、アートと人々との関係を損なう要素があります。お金とスピードを背景にアートが消費されればされるほど、それぞれの作品に対する関心は薄くなっていきます。ただ、そもそもアートはそのようにして成立するものなのでしょう。一方にスピーディーで変化しやすく、ときに投機的な市場というものがあり、他方には文化、そして制度に関わる部分があるわけです」とも語り、問題意識は持ちつつもきちんと状況の理論的な整理は行っているように見える。確かに商談会が単なるお祭り、あるいはゴシップの種になってしまうのはふさわしくないだろうが、きちんとした「目利き」の収集家たちが大勢参加し、熱心に取引を進めていく限り、現代美術をめぐる出会いの場として、バーゼルやマイアミビーチのフェアは機能し続けていくのではないだろうか。