警察官大量退職の背景は給与への不満か

フランスなど各国の警察や警察官をめぐる事情については、このブログでもすでに何回か取り上げているが、やはり大規模な公的機関らしく、抱える課題がいろいろあるのはどの国も共通なようだ。相対的には秩序正しい国と言えるスイスも、日本と比べて治安面での環境はよくないようで、窃盗などの犯罪は増加傾向にあるらしい。そして8月25日付の『ル・マタン』紙は、ローザンヌ市を中心とする地域で、市民の安全を確保すべき警察官の勤務条件をめぐってわだかまりが生じている状況を報告している(Malaise à la police lausannoise. Le Matin, 2012.8.25, p.7)。
ローザンヌ警察では、今年初めから8月までの退職者が20人を数えており、昨年一年間の16名に比べて確実に増加している。また実数としてみても、それほど多くの警官を抱えているとは思えない署としては、20人というのは相当な数字と見るべきだろう。背景には業務量の急激な増大、週末を中心に発生する暴力事件の激増といった要素も挙げられるものの、もっとも重く考えられているのは勤務に見合うだけの報酬が支払われていないこと。この問題は、退職した元警察官がテレビ番組で暴露したため、一躍表沙汰、そして巷の話題になった。
警察官の給与はおおまかに言って、いわゆる本俸と、「危険手当」とでも呼べる部分から構成されており、本俸に比べて手当の額はその透明性が低い。『ル・マタン』紙はローザンヌ市とその近隣市町村について、ある程度の経験年数を経て、訓練もしている警察官が受け取る税込み月給の平均(と思われる)値を本俸と手当に分けて公開しているが、おそらく推計に拠る部分が相当あるのだろう。ここで公開されているデータを見る限り、市町村ごとに手当が総額に占める割合はかなり異なっているけれど、合計については6,000から6,500スイスフラン(約48万円〜52万円)の範囲にだいたい収まっており、さほど差異は大きくないように見える。しかし、ローザンヌ市長のダニエル・ブレラ氏の説明によれば、組合の増額要求(及びそれに基づく労使交渉)の結果として決まる各警察の手当額が、職務の多寡とは関係なく異なっていることが、現在職務についている警察官の不満の種になっているようなのだ。
もっとも、ローザンヌ市当局がそうした不満に直接応えるような動きに出る可能性は、当面のところ高くはない。同市のマルク・ヴュイユミエ治安担当参事は、「おそらく、手当については再度検討してみる必要があるでしょう」と認めつつ、一方で「その額は2008年に倍増させたばかりなのですが」とも語っており、また市町村間で手当額のインフレを起こさないのが重要との見解を示していて、検討以上のところまで踏み込む姿勢には至っていないように見える。求人上の需給バランスが根本的に崩れる(つまり、安月給のため誰もローザンヌの警察官に応募しなくなる)ことでもない限りは、現行体系の維持を目指す動きが勝りそうだ。労働団体であるヴォー州警察協会連合会のミルコ・アーリ氏は「(こうした当局側の対応に反撃するために)今こそ行動すべき時だ」と対決姿勢を強める動きを見せるが、これも実際にどれほど展開されるかどうか。
市民の日々の暮らしの安全、すなわち治安に人々の関心がますます集まる中で、警察官の役割は確かに今まで以上に重要視されているように見える。後はそれを給与や待遇という形で具体化するかどうかだが、財政的な縛りを考えるといずれにしても容易なことではないのだろう。