戦跡探しとは、歴史を辿ること。

遺跡は洋の東西を問わず注目を集める観光の対象。そしていわゆる戦争遺跡についても、特に近代戦のそれは関係者やその子孫が存命な場合もあるだけに、複雑な感情を惹起しがちではあるものの、「歴史の証人」として多くの市民が興味を持つのは当然と言ってよいのではないか。フランスにおいては、第一次・第二次大戦の結果残された国内の戦跡がこれに該当するわけだが、9月3日付の『ル・パリジャン』紙は、最近一段と盛んになってきているらしい「戦争ツーリズム」(このネーミングはいかがかと思うけれど)の、時に意外と真剣な現況をレポートしている(Passionnés par la guerre. Le Parisien, 2012.9.3, p.32.)。
ある調査によれば、2010年に戦争関係の観光スポットを訪れたのは620万人、また産業としての戦争ツーリズムは4,500万ユーロの収入を生み出したとされる。もっともそのメインターゲットは博物館で、パリの軍事博物館、カーンのノルマンディ上陸記念館、そしてパリ東方50キロのモー市に昨年11月に開館したばかりの第一次世界大戦博物館が三大施設と言えそうだ(モー市に新しい博物館ができたのは、市長であり、かつての政権与党の国民運動連合(UMP)幹事長でもあるジャン−フランソワ・コペ氏の政治力によるところが大きいらしい。2010年調査については開館前のため対象外)。しかし今日では上述のとおり、20世紀に国内戦が繰り広げられた土地を直接訪ねるという一般の人々が、年々増加する傾向にある。
とりわけ人出が延びているのが第一次大戦の遺跡。その背景には、当時の兵士が全て他界してしまい、時代の証言者がもはや存在しないという現実がある。1916年にフランス・イギリスとドイツの間で激戦が繰り広げられたロレーヌ地域圏のヴェルダンには特に関心が高く、これまではほぼ放置とすら言えるような状態だった戦跡も、多数の来訪者を受け入れられるように「整備」されてきている。大戦勃発100周年を間近に控え、遺跡を抱える地方自治体が整備やPRに力を入れるのには、これらがパ−ドゥ−カレー県、ムーズ県、エーヌ県といった、フランス北部・北東部の観光資源の乏しい地方に分布しているという要素も大きい。
一方、第二次大戦が繰り広げられた痕跡については残存状態がより深刻で、少なからず消滅の危機にさらされている。焦点となるのはなんといっても有名なマジノ線だろう。現在の独仏国境を間近に見るバ−ラン県ヴィッサンブール郡あたりから、ニースの山間部にあるソスペルの砦まで、実に700kmに及ぶ要塞線は、地域開発や都市化の影響を受けてその跡が徐々に見失われつつあると言われるが、傍らで研究者や歴史愛好家らの尽力により探索活動が続けられている。
その一人、アルザス在住のアントワーヌ・シェーン氏(33歳)は、最近10年来、全ての休暇をマジノ線付近で費やし、森、藪や茂みの中から1930年代建造の要塞をできるだけ多く探し出そうと努めている。ついこの間も、四輪駆動車でストラスブールの北にあるアグノーの森を訪ね、50年代以降ツタや苔に埋もれていた要塞を再発見したばかり。マジノ線上にあるそれぞれの砦の近くで見受けられる蓋のようなものが、爆発物の隠し場所を知らせるためのものだったことを立証して一躍名を挙げたシェーン氏は、アマチュアとしての限界を認識しつつも、発掘した砦を丹念に撮影し、さらに建造の背景を地形学的見地等から推定するなどして、その結果や各種情報を自ら立ち上げた「ウィキマジノ」なるサイトにアップしている。彼の夢はこうした建造物の一覧表を完成させることというが、何せ長大なルートのあちこちで朽ち果てるがままになっているものたちが相手なだけに、目標達成はたった一人のマニアにとって容易ではないに違いない。
ただ、『マジノ線−1945年から現在まで』と題する著書を持つ歴史学者、ミカエル・セラムール氏が「(マジノ線上を訪ねる)人々は、彼らの父や祖父の足跡を辿ろうとしています。そこで何が起こったかを理解し、その記憶を祖先から子孫へと伝えようとしているのです」と述べるように、戦跡探し(第一次大戦のそれを含め)は好戦派、愛国主義者あるいは軍事マニアによる所業などでなく、まさに時代の記録を残そうとする真剣な試みであることは、大方にも理解されるようになってきている。だからこそ今では、ライン河岸地方保護委員会といった機関が自治体を説得して、これもアルザス地方のキルステット村にある、住宅開発の波に消されかけていた尖塔を守るというような状況にもなっているのだ。現在この塔の中では15人のボランティアが作業に従事し、兵士が壁に描いたという絵の復元に取り組んでいる。幾多の歳月を経て、ようやく戦場の跡を直接的な感情を排して見ることができ、そして一つの時代を後世に伝えるものとして受け止める人々の輪が広がりだしている、そのように現在の事情をまとめることもできるのではないだろうか。