路傍の植物から街路を活性化

下町の路地裏、長屋の軒に並んだ鉢植えの花がそこを行く人々に季節の彩りを伝える…そんな都会生活を原風景に持つ東京生まれの日本人であるせいか、フランス、とりわけパリなどの街並みを辿るにつけ、石造りの建物から歴史の重みを受け取ると同時に、なんとなく侘しい思いをそこはかとなく感じることも少なくはない。ただ、このパリでも趨勢は多少とも変わってきているようで、まさに家先、街路際といった小さく狭い場所で、少しでも植物を育てるという動きが始まっているのだという。9月1日付の『ル・パリジャン』紙は、まだ部分的とはいえ今後の広がりも窺わせるこうした動きの現状を伝えている(Jardinez dans la rue! Le Parisien, 2012.9.1, p.25.)。
家の前、路傍に花を植える活動の中心的存在であり、記事中でインタビューにも答えているのは、都市計画家で『街路を取り戻すために』と題する近著を出したばかりのニコラ・スーリエという人物。「道端に植物を」運動はアメリカやカナダでかなり定着している(もっとも、ちょっと郊外に出れば街路沿いの植物に事欠かないアメリカとは仏事情は異なると思うのだが)そうで、そのフランスでの主唱者がスーリエ氏ということらしい。パリ市内でいうとモンパルナスを中心とする14区あたりで実績が生まれていると言われ、また軒先にふさわしい植物類も数々イメージされるようになっている状況では、今後は他所でも似たような展開が期待できるということのようだ。
幸いなことに、狭くてかつ日照や風通しに恵まれているとは限らない場所でも、育てられる草木がいくらもある。壁際で栽培するという点を考えれば、蔓を巻き付けて成長する種は特にお薦めだ。記事で紹介されているのは、まず第一にバラ、それからスイカズラジャスミンクレマチス、藤など。デルバール・ブランドのりんごには、幹1本にいくつかの枝が付き、高さは2メートルほど(ほとんど生い茂ることがない)のミニ・タイプがあり、路傍でも食用のりんご数キロを収獲することが可能になっている。さらに近年では、種苗業者であるヴィルモラン社の手によって、小さなプランターにも作付できるさやいんげんが開発され、新たにプチトマトや各種ハーブ類といった「軒先野菜群」の仲間入りをしている。
こうした植物を身近に植えることの良さについて、スーリエ氏は次のように説明する。「苗に水をやり、植え込みの手入れをし、茂みがあれば切り揃え、雨水を蓄える。そして猫をなでたり、(通りを飛び交う)鳥を眺めたりもし、(時間があれば)自転車を修理したりして、そしてちょっと一杯やったり。人々がそのようにすることで、街路はいきいきとしてくるのです」。単にエコというだけでなく、草花を通じて人々がつながる、コミュニティ意識といったものを重視しているのが明らかだ。だから行政が花を植えて通りをきれいにするというのは話の埒外だし、園芸ボランティアが相談にのったり手伝ったりするのはよいとしても、あくまでも植物を栽培する主役はその道にある家の人、近所の人なのである。
確かに市役所から許可を得る必要はあるだろう(どの範囲なら勝手に植えても構わないか、確認するのは必須)が、そこから先はそれぞれの家の前で好きなものを植えればよい。そこに自然と多様性が生まれ、ちょっとした憩いの空間が生まれる。子どもが路地で遊んだり、お年寄りが戸外に出て、近所の人と話をしたりするようになるかもしれない。確かにパリは東京とも違い、いまさら石の隙間に何か植える余地などない場所が大半なのではとも思うのだが、できるところからできることをする、そんな活動の可能性が、多少とも記事からは感じられたことだった。