中小の時計業者にも不況の波

スイスの主要工業である時計業界に関して、世界的不況にもかかわらず今年前半は業績好調との状況が続いていたことは、すでに当ブログで報告済み(5月12日付)だが、それから数か月、情勢にも変化が生じているらしい。不況風が多少ともこの業界で吹くようになったのは、景気悪化の深刻さを改めて認識させるポイントでもあるだろう。9月29日付の『ル・タン』紙はその実態を、特に雇用面に力点を置いて分析している(L’horlogerie est à son tour rattrapée par l’incertitude. Le Temps, 2012.9.29, p.11.)
時計業が不振に陥ったといっても、実は高級時計の輸出額は引き続き2ケタの伸びを示していると言われ、業容低下は主に部品製造など、時計生産の上流部で見られるようだ。有名ブランドを抱える主要な時計会社は、部品等の製作の多くを下請け会社にさせているが、現在この請負企業を、生産量の抑制という形で景気悪化の波が襲っている。例えば、スウォッチ・グループ傘下で時計針を作っている550人規模の中堅企業、ウニヴェルソ社は、一時的雇用者80人の契約更新を行わないと決定した。「(こうした人員調整に基づく)新しい生産構造と生産過程によって、同社は成長を回復する(であろう)」と、スウォッチ・グループの広報担当は表明しているが、いわゆる「非正規雇用」に係る部分とはいえ人員削減を行わざるを得なかったのは厳然とした事実。そしてウニヴェルソ社のケースは氷山の一角に過ぎず、社名こそ(多くの場合当該企業の希望で)明示されないものの、同様に契約期間を区切られている労働者について、実質的な雇い止めを行う会社は後を絶たない状況になっている。
こうした事情を背景として、時計業経営者連盟のフランソワ・マティル事務局長は、労働時間の一部削減(とそれに基づく賃金カット)すら従業員に要請せざるを得ない会社も出ているとしている。さらに深刻な例では、型打ち作業を行う会社、また時計盤を製作する会社などで、本格的な人員解雇に踏み切るところも出ているようだ。景気低迷は(時計産業の全体的な底堅さからして)一時的なものにとどまるという期待もないわけではないが、それでも特に下請け企業の労働者に対しては、相当厳しい現実が突き付けられつつある。
もちろん労働者だけでなく、請負会社の経営者にとっても苦しい事情には変わりがない。時計の腕輪部分を製造するある中小企業主は、「(自らの経営の)将来性には暗雲がたちこめ始めています。日和見意識と不安感が我々のクライアント(である大会社)を覆っているようです」と感想を漏らす。彼の最後の望みの綱は、今回の弱含み景況が2009年頃の状態まではなんとか深刻化しないでほしいということ。なにしろその時は、ある時点をもって一斉にそれまでの注文がキャンセルになるくらい、事態は激しく悪化していったのだから。
もっともこれらとは別の、より落ち着いた見解もないわけではない。その一つは、「(スイスの時計業界は)これまで3年間、猛スピードで駆け抜けてきたのだから、そろそろもっと適切な生産ペースを考えても良い頃なのではないか」というもので、案外このあたりが、過度に不安を煽ることより、同業界にとって妥当な認識と言えるのかもしれない。一方、スイス労働組合総連盟(ウニア)全ジュラ支部のピエルルイギ・フェデール支部長は、「大規模企業が内製化の傾向を強めていることが、部品供給業者に大きなインパクトを与え出しています」と、これも興味深い指摘をしている。全てを景気のせいにするのでなく、生産構造の中長期的変化なども要因分析に織り込んでいく姿勢は、今後の同業種のあり方を考えていく上で重要になるだろう。