ワイン漫画の表情はさまざま

日本のマンガ界を一瞥すると、マンガで扱われていないテーマなどないように思えてくる。ワインについてだって、言うまでもなく亜樹直原作『神の雫』(2004年連載開始)は社会現象になるほどのヒットを勝ち得ていたし、ルーツを辿るなら、城アラキ原作『ソムリエ』(1996年連載開始)などもジャンルの先駆けとしての輝きを放っている。それでは、近年マンガ(バンド・デシネ、BD)の台頭が止まらない彼の地フランスでの事情はどうなのか。10月6日付『ル・モンド』紙では、やはり彼我の差も感じさせるフランス・ワイン漫画の最新事情を伝えている(Le vin se met à faire des bulles. Le Monde, 2012.10.6, p.20.)。
他のマンガから類推できるように、フランスのワイン漫画の始まりはやはり日本のそれの移入、翻訳という形だったようだ。上述の『ソムリエ』は2006年、そして『神の雫』は2008年より、それぞれグレナ社から単行本として継続刊行され、相当の人気を博した。そしてこれらを受けるような形で、フランス人作家たちが彼ら独自の視点も加えながら、「元祖ワイン大国」の市民としての新しいマンガを製作し始めている。
なかでも精力的に見えるのが、2010年以来立て続けに数作品を発表しているブノワ・ジンマ氏。サスペンス仕立ての第一作『ロバート・パーカー7つの大罪』が2年間で2万部というこのジャンルではかなりのヒットを記録したジンマ氏は、もともとワイン関係のジャーナリストだが、今ではBD作家の道に深く関わっているという印象がある。彼自身も「BDは、普通の記事などよりもはるかに多くを語ることができる一つのかたちを提供してくれています」と今の仕事の魅力を高く評価しているようだ。昨年は『CAC40(フランスの株価指数、ひいてはその指数で取り上げられる40の大企業を指す)のワインセラー』、『ワインの十戒』を矢継ぎ早に出版し、今年も『シャンパーニュドン・ペリニョンのコード』で、奥の深いワイン界のあれこれをスリルと共に描き出している。
ジンマ氏がフィクションらしい魅力で読者を引きつけているとすれば、エリック・コルベイラン氏の方向性は対極的だ。彼が原作の『シャトー・ボルドー』は現在第2巻が刊行されたばかりという状況だが、父の死によって伝統的なシャトーを受け継ぎ、ワイン造りに夢を賭けたある女性の挑戦を、リアルなタッチで描写する。本書にはしがきを寄せている著名なワイン学者、ミシェル・ロラン氏は、「ワインは絶えず再創造されますが、人間というものはほとんど変わらない。(『シャトー・ボルドー』で展開される)このシナリオは、大部分のワイン畑の所有者たちが経験してきているような内容のものなのです」と、題材の普遍性を評価している。
エティエンヌ・ダヴォドー氏によるワイン漫画の作風は、前2者とはまた全く異なる。彼はワインについてほとんど知らぬまま、また予備知識ももたないままで、あるワインの造り手に出会い、好奇心をもって彼を取材し始めた。そして、1年余にものぼる2人の交流を通じ、ダヴォドー氏が心からワインを知り、それに親しむようになると共に、それまでマンガなどには何の関心もなかった醸造家に、マンガへの深い関心が生まれるようになる。つまり職業の異なる二人の間に深い友情と交流が築かれていったのだ。こうした過程をそのまま原作にした『無知な者たち』は、マンガの創作とワインの熟成を敢えて重ねるかのように捉えつつ、読者をワインの世界というより、「心のふれあい」の現場を目撃するよう誘っているかのようにみえる。
ジンマ氏が近年、ワインという主題に力を入れて数々の作をものしているのに対し、コルベイラン氏やダヴォドー氏の場合はワインはあくまで彼らにとって一つのテーマであるに過ぎず、それぞれの作家のスタンスの違いは明らか。でも、それは日本の漫画家の場合も全く同じだろう。少なくとも、ここで紹介している諸作品を眺めるだけでも、フランスのワイン漫画の裾野はずいぶんと広がっていると言えるのではないか。そしてそれは、ワイン大国のBDにふさわしい状況が生み出されているということでもあるように思われる。