ローカル鉄道廃止の動きが進展か

大内雅博氏の著作『時刻表に見るスイスの鉄道』(交通新聞社新書、2009年)は、その独特の切り口が最大の魅力になっている。彼はスイスの鉄道事情を、現地を実踏しての調査を交えながら、しかし徹底して時刻表を読み込むことで明らかにしようとしている。アルプスを見渡す観光路線を中心とした列車旅行の楽しみを綴った本は数多いが、いわば工学的な立場から鉄道ダイヤを探究し、スイス鉄道網の緻密さを詳細に検討する本書には、他の本にみられない情報が数多くつまっている。
さてこの本において、大内氏はスイス鉄道の魅力の第一として「稠密な路線網」を挙げている。九州ほどの面積の国土に約5,000キロのネットワークを持ち、国土面積当たり、人口当たりの路線距離で日本を大きく上回るスイスの鉄道に関し、大内氏は「とにかくいろいろな路線があり、ルートがバラエティに富んでいる」(18ページ)と評している。ところが、確固たる基盤を築いているはずの鉄道網にも、変革を求める波が押し寄せつつあるらしい。10月16日付の『ル・タン』紙は、多くのローカル線の廃止(バス代行)を検討する連邦政府の動き等について報じている(Trafic régional, un projet qui détonne. Le Temps, 2012.10.12, p.9.)
こうした動きの背景にあるのは、ハンス−ルドルフ・メルツ前連邦財務大臣(2010年10月まで在任)が打ち出した連邦の役割の再検討、いわば「事業仕分け」の推進。行政の各領域にわたるメルツ氏の提案は、必ずしも順調に実施に移されているとは言い難いが、さりとて否定、放棄されたというわけでもなく、今になって連邦が運営に大きくコミットしている鉄道の分野に影響が及んでいるというわけだ。
「仕分け」の対象とされるのは、路線の維持運営経費を旅客収入でカバーしている割合が50%に達しない(すなわち、経費の半分以上を公的な補助金で賄っている)合計175路線。これらの路線においては、例えば4年程度の猶予期間をおいた後で鉄道の運行を停止し、バスまたは郵便バスに代替させることが示唆されている。ここで少し不思議なのは、具体的に挙がっている廃止候補路線の中に、大内氏の著書では幹線として言及されているものも含まれている(フランス語圏関係では、フリブール−ベルン間、ヌーシャテル−ビエンヌ間、バーゼル−ドゥレモン間など)ことだろう。ただ大内氏は、いわゆる優等列車だけが走行し、各駅停車は完全にバス代行になっている幹線の実例がすでにあることを指摘しているので、あるいは上記の候補路線についても、同様の対処法(優等列車の走行線としてのみ存続)が考えられているのかもしれない。
こうした動きに対しては、やはり強い反発が生じている。各州で交通問題を担当する参事等から構成されるスイス西部交通会議(CTSO)のジャン−クロード・アンヌ事務局長は、「現在の政策は鉄道利用を促進する方向で動いているはずなのに、全く驚くべき提案です。とても理解できません」と憤りを隠さない。CTSOの主張は、不採算路線を廃止することなく、逆に連邦が鉄道をもっと利用してもらうべくキャンペーンを張るべきだというもので、例えば若者が運転免許を取る代わりに今後も続けて列車に乗り続けてもらえるよう推奨するといった動きを展開するのが望ましいとしている。
こうした反対派の声に対し、連邦交通局の広報担当、フロランス・ピクト氏は、「今回の考え方は要するに、収益性原則をもっと考慮しようというものです。けれど、それだけが基準というわけではありません。リストに入った路線が最近高規格化を実施したものか、貨物運搬や優等列車走行に利用されているかといった点は当然検討の対象になるのです」と説明して、少しでも鉄道削減イメージを弱めたい意向のようだ。しかしそれでも「仕分け」の発想でローカル線をバスに代替させようという考え方が根底にある限り、それは地域交通に打撃を与えるものであり、連邦交通局がこれまで掲げてきた、環境にやさしい公共交通を育成するという政策方針にも反することは否めないだろう。交通局、またはその親機関である連邦環境交通通信省として、財務省の示す方向性に反論していくぐらいの姿勢も、必要になってくるのかもしれない。あるいは近い将来、大内氏が称賛したスイスの緻密な鉄道路線網が、大きな変貌を遂げる日が来るのだろうか。