ルガーノ市に学ぶ?安全なまちづくり

治安をめぐってなんとなく不安感が高まっている社会においては、特に自分が住む近隣(コミュニティ)こそ安全であってほしいという願望には、切実なものがあるだろう。ただし、治安はもはや警察に任せておけば済む問題ではなく、地域として、自らも含めコミットしなければならない課題になってきているのかもしれない。12月10日付のスイス『ル・タン』紙は、安全な地区を目指して着実な成果を上げている都市の実例とその波及ぶりについて伝えている(La méthode tessinoise contre les dealers qui intéresse Lausanne. Le Temps, 2012.12.10, p.8.)
周知のとおり、スイスでは従来から麻薬患者の蔓延が深刻な社会問題になっており、ただ取り締まるだけではいたちごっこになってしまって、ひいてはエイズの拡大といったより重大な懸念を招きかねないということで、公共の場で衛生的な注射器を配るといった(ある種のリスクの軽減にはつながるけれど)中毒をかえって助長する可能性もある政策(よって世界的には批判的に見られている)も一部で取られている。同国南部、イタリア語圏の中心地でもあるルガーノでも、スイス国鉄の駅の西側にあるベッソ地区が、ここしばらく、麻薬の売人が行き交う不穏な地帯となっていた。これに対して地域住民が立ち上がったのが2008年5月。「健全なベッソをつくろう!」という運動体をスタートさせ、まずは数千人規模でのパレードを行った。警察や学校の保護者会、麻薬防止運動を行う団体とも連携を深めた。さらには街区を活性化させよう(そのことによって売人を追い払おう)という目的で、バザール、街角パーティー、コンサートといった一連の行事を次々と実施していったのである。約5年を経た現在では、少なくとも白昼堂々と麻薬の取引が行われるといった殺伐とした状況は、ベッソ地区からは消えてなくなったといわれる。
こうした国内他所の動きに目をつけたのが、フランス語圏にある拠点都市、ローザンヌだった。ルガーノ市の担当者(文化・街区問題担当市参事)が、「市民が自らの街に配慮をし、地域に対して正当な力を行使するのは、(麻薬を防ごうという)抵抗の動きと、具体的な取組みをもってなのです」と自ら高く評価する政策。それを踏まえ、ローザンヌ市で治安問題を担当していたマルク・ヴュイユミエ市参事が、ベッソ・モデルを研究している犯罪学者、ローザンヌ大学のミシェル・ヴェンテュレーリ教授と話し合い、注目すべき取組みを自分たちの都市にも導入しようとしたのである。
ヴェイユミエ氏の後任となっているグレゴワール・ジュノ市参事は、2016年までに警官を60名増員するなど治安回復のために警察の体制を強化する方針を打ち出しているが、これと共にルガーノに見られる市民参加方式による地域安全の確保にも多大な関心を持っているようだ。しかし実際には、ルガーノ風のやり方がローザンヌでうまく機能するかという点には疑問符が付く。そもそもコミュニティを大事にするという雰囲気や文化が、上記のベッソのような感じで住民にあるようには見受けられない。それにこの都市で風紀が最も問題となっているショードゥロン地域はビジネス・商業街区であって、市民を運動にコミットさせる前提がそもそも異なっている。
ヴェンテュレーリ教授は学者の立場から、強力なリーダーがこの種の運動を広げるには必要だと論じ、そしてローザンヌはこの点でルガーノのようにはいかないだろうと指摘する。ジュノ市参事でさえ、健全な地域づくりのためのイニシアティブは上から(行政の側から)出されるべきものではなく、住民の側で自発的に生じなければならないということを認めているのだが、残念ながらそういった環境は不足していると言わざるを得ない。しかも、ルガーノもそうなのだが、麻薬の取引は運動の結果決して消え去るわけでなく、ただ街路から表面的に見えなくなる(建物内で行われるようになる)だけだという指摘も根強い。コミュニティ活性化という点で、ここで言われる取組みには少なからず意味はあると思うけれど、その限界もまた明らかなのではないだろうか。