高貯蓄率を活かす道を探す

日本は貯蓄熱心な国というかつて喧伝された話も、今となっては昔のこと。高齢者層がこれまでためてきた預貯金を引き出すのに対し、若年・壮年層では多少の蓄えを持つことさえ容易でないというのが実際の姿になってしまっている。その結果として、高い家計貯蓄率を長い間キープするフランスが2010年で16.1%というスコアを出しているのに対し、同じ年の日本はわずか2.1%まで落ち込んでいる(金融広報中央委員会のデータによる)ことは、統計上の事実としてよく認識しておくべきところだろう。さて以下はフランスについてだが、上記のような高い貯蓄率を背景にすると、次にはどうしても「それだけの貯蓄がいかに経済活動で活かされているのか」が論点として浮上してくる。3月27日付の『ル・モンド』紙はこのあたりの現状、また各方面の思惑などを伝えている(L’épargne des Français, objet de convoitise. Le Monde, 2013.3.27, p.11.)。
フランス人の貯蓄意欲は、金融危機以降この数年でますます強まっているとされるが、この世界的にも群を抜く特性はどうして生じているのか。生活環境調査研究センター(CREDOC)の消費者部長、パスカル・エベル氏は、もともとフランスでは消費者金融が発達していなかった(つまり、急な物入りの時などに金を貸してくれる先が容易には見当たらない)ことに加え、アングロサクソンの国々に比べて金銭面で警戒心が強い(足りなくなる日がくるのではという悲観的な気持ちを抱きやすい)という全般的傾向があると説明している。「備えあれば憂いなし」という気分が大方に定着しているとすれば、今後も貯蓄に精を出す傾向は、それほど短期的に弱まることはないだろう。
そこで経済界からは、国民が貢献している貴重な金融資産をなんとか活用できないかという発想が台頭してくる。これまでであれば銀行などを通して、産業振興等に必要な資金は適切に確保されてきたのだが、実のところ昨今は事情が異なっているらしい。銀行は世界的な金融規制強化の波にさらされ、リスクのある融資先には十分な資金をこれまでのように供給しにくくなっている。証券市場もリーマン・ショック以降の世界的な混乱の影響をいまだにひきずっていて、資金の需要と供給がうまく回る状態になっていない。いまさらながら市民が貯めているお金に強い関心が集まるというのには、そうした金融分野における機能不全とも言える実状があるようだ。
フランスで愛好されている貯蓄商品としてはまず「リヴレA」が挙げられる。一定限度額の範囲で非課税になる貯蓄口座で、オランド政権の下、限度額の引き上げも検討されているという。低所得者のみを対象とする庶民通帳預金、さらに中小企業やエネルギー部門への資金供給を専門に想定した持続的発展通帳預金などもあって、こちらも非課税だ。一方これらと毛色が異なる金融商品として「貯蓄保険」というのもある。金融機関の窓口で扱われ運用は保険会社が担当するが、生命保険ではなく、いわば「資産形成のための積立商品」と位置付けられている。家計貯蓄の残高でみるとこの貯蓄保険と、リヴレAその他の預貯金が、およそ2対1の割合になっている。
これらの預貯金額をいかに「有効に活用する」かについて、エコノミスト出身で現在は社会党所属の国民議会議員であるドミニク・ルフェーヴル氏を中心として報告書の策定が進められている。おそらくその中では、これまで公共基盤の資金源としてもっぱら位置付けられてきたリヴレA貯金額の使途の見直しなどが検討されることになるだろう。貯蓄保険も上で見たように残高が多く、しかも相対的に長い運用を特徴としていることもあって、長期資金を渇望する向きからは注目されているようだが、フランス保険会社連盟(FFSA)のベルナール・スピッツ氏は、支払い保険料の多くが既に社債や株式に投資されているという事実を再確認してほしいと主張している。これはまあ、保険会社経営上はまず当然といったところではないだろうか。
そうなると、国民の手元にある資金を産業にもっと振り向けるための施策としては、まずは預貯金以外で、「株式積立スキーム」(PEA)といったプログラム(株式を5年以上保有した際には税制上の優遇措置が生じる)がもっと関心を呼ぶよう努力することが手っ取り早いのではないか。フランス金融市場協会(AMAFI)のピエール・ドゥ・ローザン事務局長は、投資対象を中小企業に特化するようなPEAを新たに設けることなども提案している。預貯金関係では多少技術的な話になるけれど、貯蓄保険のうち元本保証である「ユーロ・ファンド」のみを運用対象として組み込んでいる商品につき、その「代償」として一定期間の口座固定(原則的に期間内は解約や変更を認めない)を導入して、投資資金としての安定性を確保するといった工夫もできるかもしれない。
金融機関がこれまでほどうまく機能を果たせない現代の環境において、家計(国民)と企業は金融面でどのように結びついていけばよいのか。フランスでは安定した高貯蓄率というお国柄も反映しつつ、こうした課題が切実なものとして台頭してきているのだと言えよう。