経済学教育の現状に反論

学生時代、どのように自分の時間割を組んで単位を取得するかはある種の楽しみであり、また悩みでもあったという記憶があるが、事の良し悪しはともかく自分の専門外の科目をたくさん取らなければならないというのはかなり切実な考え所だった。後になって振り返れば、いろいろな授業に出ることで考え方に幅が出たという思いもあるのだが…。さて教養溢れる学問の国(?)フランスでの経済学教育の現状は、予想に反して日本と真逆の展開をしているらしい。専門性特化の度合いが強いと言われており、一部にはその弊害を主張する声もあるようだ。4月3日付の『ル・モンド』紙別刷り経済版は、現状とは別のスタイルでの大学の経済学教育を求める学生たちのグループによる論説を掲載している(La crise économique est aussi une crise de l’enseignement de l’économie. Le Monde Éco et enterprise, 2013.4.3, p.8.)
この学生グループは「PEPSエコノミー」という名前で、PEPSとは「高等教育における多元的な経済教育を目指して」の略。彼らが主催する研究集会には、労働経済学が専門で世界的に活躍するエティエンヌ・ヴァスメール氏、反グローバリズムの立場から批判的金融論を講じることで知られるドミニク・プリオン氏などが参加するなど、少しずつではあるが知的勢力を拡大しつつあるようだ。カナダ、アメリカ、ドイツ、イスラエルなどに類似の考え方を有する団体も存在するのだという。
彼らは、大学の経済学教育は偏っているという自分たちの直感を確認するために、フランス国内のいわゆる経済学部の学士課程における経済学のカリキュラムがどうなっているか、網羅的に調査したという。その結果明らかになったのは、現在の授業体制が「主流派」とされる経済学理論の教育に圧倒的に集中しており、学史・思想史や現状分析、非主流派の経済論、あるいは隣接諸科学などはほとんど教えられることがないという実態であった。
例えば、3年間の経済学学士号取得課程において、経済思想史を教えている大学は極めて少なく(約1.7%)、認識論(経済学という学問領域がよって立つ科学的根拠を分析する)の授業がある課程は1つしかない。現代経済問題について講義する大学も同じくらい僅かで(約1.6%)、この教育スタイルでは経済理論と実際の経済事象とを架橋することは不可能に近いと、PEPSの学生たちは論じている。もちろん(?)政治学、法学、社会学といった同じ社会学の別分野についても教えられることは稀で、確かにこれでは「社会問題」として経済事情を全体的に論じる力は養われそうにない。
現行の体制がとにもかくにも重点を置いているのは新古典派経済学、そしてその延長上にある各流派(新ケインジアン派など)であり、結果的に数学を用いた経済分析が圧倒的なウェイトを占めることになる。これを批判する者たちは新古典派の重要性を当然認めつつも、レギュラシオン学派、環境経済学複雑系の経済学、ポストケインズ主義理論、オーストリア学派といった諸潮流についても、応分の目配りをしてほしいと主張する。PEPSでは既に、現在よりはるかに多元的な内容を有し、主としてテーマ(問題群)を軸としたカリキュラムのひな型を作成済みであり、今後はこれに対して大方の支持を広げていきたいとしている。
リセなど中等教育では経済に関してテーマを軸とした教育が行われているのに、大学に進むとそうした考え方が全くなくなり、数学モデルを中心とした新古典派教育「一辺倒」になるというのも不思議なものだ。あるいは現在のフランスの学部教育では、就職後に直接役に立つ経済学の習得に社会的な期待がかかっており、どうしても主流派を教え込まなければならないといった事情があるのかもしれない。PEPSに集う学生たちの意見表明にも多少の誇張はあり得る。それにしても日本とはだいぶ異なっていそうな課程事情については、もっと別の角度からも考えてみたいところだ。