憧れの食堂車、ますます充実傾向

つい最近も取り上げたばかりだけれど(昨年10月21日)、またスイスの鉄道の話題。圧倒的な景色の良さをほとんどの路線で堪能できるこの国の汽車旅だが、未だに(日本とは違って)多くの列車で健在な食堂車サービスも、鉄道の魅力をさらに高めているように思われる。4月24日付の『ル・タン』紙は、スイスの食堂車の歴史、伝統そして最近の新しい動きなどを伝えている(L’émincé et le riz Casimir restent sur les rails. Le Temps, 2013.4.24, p.6.)。
スイス国内で食堂車が運転されたのは、1894年にバーゼルローザンヌ間(ビエンヌ経由)を運行した列車が最初とされる(ちなみに日本は1899年にお目見えとのことだから、少しだけ遅れている)。1903年にはスイス食堂車協会が設立されて本格的な経営に乗り出すことになり、やがてサービスとして定着していく。火を使った調理が車内ではできない(温め直すだけ)ために味が今一つ、その割には値段設定が高いといった難点は常に指摘されてきたが、それでも車窓を眺めながら食事ができる楽しみは、一貫して鉄道旅行の彩りであり続けている。
比較的安定しているとみられていた食堂車に様々な動きが出始めるのは今世紀に入ってからだ。それまでスイス国鉄が経営の軸を担ってきたが、2000年に食堂車のマネージメント全般が高速道路や空港での飲食業展開に実績を有するパッサージオ社の傘下に入り、その翌年には今度はパッサージオ社ごと、イタリアを本拠とするアウトグリル社に飲み込まれた。ところが2003年になるとスイス国鉄が食堂車運営を子会社化する形で再び自らの手中に収め、今度はエルヴェティーノ社と名乗ることになって、現在に至っているのである。
またほぼ同じ時期に、サービスの向上や転換を目指す各種の取組みも始まった。特に目立ったのはメニュー監修者としての著名シェフの起用。2005年から、ローザンヌ近郊クリシエ村にミシュラン3つ星レストランを開いているフィリップ・ロシェ氏が季節のメニューを2品ずつ提案することとなり、トマトのポタージュ、チキンのフリカッセ(ホワイトソース煮込み)にオリーブ添えといった献立が登場した。これらの新機軸はとりわけ新しいもの好きでグルメ傾向も強いフランス語圏の乗客に好評を博したとされる。2011年にはドイツ語圏のTVシェフとして有名なアンドレアス・ステューダー氏が登場し、チーズやワインを重視する傾向を強めると共に、季節を意識したメニューがますます華やかさを増すこととなった。さらに同じ時期、食堂車18台が6,500万スイスフラン(約68億円)をかけて改修されるということもあり、設備の近代化も進んだと言える。
今年はさらに動きがあり、今後はステューダー氏に代わって、サッシャミュラー氏をヘッドとする11名のシェフによる「ナショナル・チーム」が、「走るレストラン」の品揃えを新たにコーディネートすることになっている。23日にはチームのお披露目がベルン駅で開かれ、これまでと比べてより多様な、そしてよりモダンな料理を続々と車内で提供していくという方針が示されたところだ。
味と設備の両面から改革の動きが目立つスイスの食堂車。しかし一方で、とりわけドイツ語圏の乗客には、伝統的な献立に対する愛着がしっかりと根付いているらしい。「仔牛肉の薄切りチューリッヒ風」や「カシミールライス(スイス風カレー)」といったある種の郷土料理は変わらぬ人気メニューであり、これを他と取り替えることは考えられそうにない。「よりモダン」なものを目指しながら、多くの人の口に合う定番品目も忘れない、この国の食堂車の展開は、当面のところそんな感じになっていくのだろう。