仏版『ヴァニティ・フェア』誌がもたらす波紋

米コンデ・ナスト社が発行するライフスタイル誌『ヴァニティ・フェア』。日本語版は存在しないが、このほどフランスに月刊誌として進出することとなり、パリの雑誌業界を騒然とさせているという。アメリカ誌のフランス語版など珍しくもないのに、今回はなぜちょっとした騒ぎになっているのか。6月26日付の『ル・モンド』紙別刷り経済面は、業界的に良くも悪くも話題性のある新雑誌誕生の背景を紹介している(L’arrivée de ≪Vanity Fair≫ en France inquiète le reste de la presse magazine. Le Monde – Éco et Entreprise, 2013.6.26, p.6.)。
記事によれば、『ヴァニティ・フェア』誌は米国において代表的な雑誌の一つと位置付けられるらしい。やや長めの文化・ファッション関係記事、それにスターの動向などといった軽い話題も取り交ぜながら、全体としては上品なタッチで仕上がっているのが全体的な特徴で、フランスでは強いて言えば『パリ・マッチ』が類似の傾向を持つ雑誌ということになろうか。6月発売の初号は2ユーロの特別価格、翌月からは3.95ユーロでの販売となる。出版社としては10万部弱程度の販売冊数を見込んでいるというが、これはこの国の雑誌販売水準からみても、それほど大きな数字とは言えない。
そんな雑誌の登場が関係者を惑わせている主な要因は、同誌が掲載している広告の多さにある。発売前から出回っている情報によれば、『ヴァニティ・フェア』フランス版第1号には93ページもの広告が掲載され、さらに今後も12月号までは掲載予約が一杯で空きがない状態といわれる。これは低迷明らかな雑誌広告界(第1四半期の総収入額は10.8%減)にとって重大なライバルの出現だ。メディア・コンサルタントであるルシアーノ・ボシオ氏は、同誌がある種の世界的ブランドと評価されていることが広告の集中につながっていると分析し、「広告市場はすっかり取り乱してしまっています」とコメントしている。もっとも一方で、広告コンサル企業ヴィヴァキ社のヴェロニク・ピリウ氏のように、「広告主たちの『ヴァニティ・フェア』誌への入れ込みようは合理的とはいえません。(創刊号発行前で)雑誌の現物を見もせずに出稿の列を作っているのですから」と冷静な見解を示す向きもある。いずれにしても、広告の売り上げはコンデ・ナスト社の場合、雑誌収入の80%にも達するというから、新タイトルのスタートはとりあえず大成功ということになるだろう。
問題は今後、内容面で雑誌が評判を維持できるかということ。フランス版の編集長には、元『リベラシオン』紙記者で雑誌『GQ』編集長も務めたこともあるアンヌ・ブーレー氏、そして発行人には有料テレビ局カナル・プリュスで長年夜の大型ニュース番組の司会をしていたミシェル・ドゥニゾ氏が就任している。このうち、特にドゥニゾ氏の手腕を疑問視する声は少なくなく、番組スタイルが古びてしまい交代を余儀なくされた元キャスターをいまさら起用するのはいかがなものかという見方が出ている。もっともそうはいっても、膨大な数の各界著名人が彼と面識があり、そうした人脈をうまく使えれば発行人として悪くないのではという意見もあるから、さしあたり今後の展開に注目ということになろうか。
もう一つの疑問は、有名人の話題をアクセントとして随所に取り入れるアメリカ版オリジナルのスタイルが、フランスでも通用するかという点にある。この国にはアメリカほど人目を引くビッグスターやセレブはそんなにいないから、ネタが続かないのではという見立てだ。もっともこのように不安要素は挙げていけばきりがないだろうから、それは傍におきつつ、1号ごとに内容をできるかぎり充実させ固定読者をつかめるか、そこが同誌の当面の課題であるのは間違いなさそうだ。