危機に直面する書籍チェーン店舗

これまでパリ滞在時には、必ずといっていいほどレ・アールにある超大規模な書籍・CDショップ、フナックに立ち寄って買物をしてきたものだ。国内各地に広大な面積の店舗を構え、幅広い品揃えの図書やCD、近年ではパソコン関係やオーディオ商品なども販売しているフナック、そしてヴァージン・メガストアには馴染みが深いという思いがある。ところが最近になって、こうした店舗チェーンは軒並み経営不安やネットワークの縮小といった状況に置かれているというから、事態の変化は相当なものというべきだろう。7月3日付『ル・モンド』紙ではこの問題について、パリ第5大学助教授(社会学専攻)のヴァンサン・シャボー氏が論説を展開している(Comment éviter le déclin des grandes surfaces culturelles. Le Monde, 2013.7.3, p.9.)。
フナックは1950年代に創業し、70年代に業容を大きく伸ばしたと言われる。創立者であるアンドレエッセル氏とマックス・テレ氏は、本やレコードといったいわゆる文化関係の商品について、当時としては画期的な販売モデルを打ち出した。ただ店の規模を大きくするだけでなく、売る品の質を重視し(専門書や研究書にも力を入れて在庫を充実)、店内に本選びの参考となるような各種の情報・案内を配置すると共に、とりわけ販売員が本についての深い知識を持ち、読書案内ができるという態勢を作ったのである。こうしたコンセプトはヴァージン・メガストアなど他のチェーンにも影響を与え(ヴァージンはやや娯楽志向が強かったように思えるが)、総じて本や読書の普及、書籍購買の民主化といった流れを作り出したといえる。
ところがこうした枠組みは90年代頃に曲がり角を迎えた。その主因は言うまでもなくネットを通じた商品販売の普及・拡大だ。フランス進出を目指したアマゾン(2000年にフランス版サイトを立ち上げ)に対抗する形でフナックは一足早く1999年にはネット販売に乗り出し、現在では企業売上高の15%を占めるオンラインショッピングのプラットフォームにまで成長させた。一方のヴァージン・メガストアは、この時期にネット事業等への投資不足がたたってライバルに大きく水を空けられる結果となる。そしてさらに重大だったのは、ネット販売が深化するにつれて消費者側の本やCDの購買スタイル(消費行動)自体が変化し始めたことである。ネットで図書を探す人がまず各サイトをよく比較し、中古品があればそちらを入手し、さらに読み終わればネットオークションで再度売りに出すといったサイクルを自由自在に展開するのが既に当たり前になってきている現在。こうした行動様式に既存の書店チェーンが容易に介在することができなくなっているのは自明といってよいだろう。
様々な要因が重なり、フランスの書籍文化、音楽文化の一端を支えてきたと言ってもよいチェーン店舗は一様に危機にさらされている。フナックは高級ブランドグループ(グッチ等が傘下)であるケリングから分離されて財務基盤が不安定になっており、現在約55店舗を展開するシャピトル・グループは相次いで既存店の閉鎖に追い込まれた。そしてヴァージン・メガストアに至っては事実上の倒産(法的整理)、フランスからの撤退という状況に陥っている。
シャボー氏は、こうした動きの背景として技術変革以外に、株主重視の企業経営システムの台頭を挙げ、既存の文化関係企業はこのシステムに容易には適合できず、今後は消費者のニーズにダイレクトにマッチする商品販売により集中していく方向性を採るのではないかと推測する。そして一方では、独立経営の書店に見られる一種の「プロフェッショナリズム」(商品セレクトのユニークさ、「お薦め」の的確さなど)を評価する声が依然として少なくないことを引きあいに出して、既存チェーンの販売員の知識やスキルが低下し、店内や倉庫にある本をとにかく売るよう強いられる状況が、今日の事態を招いた遠因ではないかとも述べている。こうした議論は確かに一定程度は説得的だが、やはり文脈から考え直してみると、消費者、すなわち本の読み手が、書籍を手に取り、購入し、読むという行動様式自体が大きな変容を被ってしまっていることに、問題の主因を求めるべきではないかとも思えてくる。パリ市内、カルチェ・ラタンなどを除けば、豊富な品揃えで読書好きを魅了してきた既存コンセプトに基づく店舗網は、遠からず消えていかざるを得ないのかもしれない。