『ワインの王様−バーガンディ・ワインのすべて』

ハリー・W・ヨクスオール(山本博訳)『ワインの王様−バーガンディ・ワインのすべて』(早川書房、1983)読了。イギリス人ジャーナリストが300ページ以上にわたってブルゴーニュワインを語り尽くす本格的な本だが、軽妙な筆致、訳さばきも上手くて楽しく読める。
翻訳の対象となった原著第2版の発行が1978年なので、以来30年以上が経過していることになるが、ワインの特徴などについての記術で、古びていると思えるような箇所はほとんどない。手元にある藤見利孝『世界ワイン図鑑』(河出書房新社、1999)の記述と比べても、ブルゴーニュワインの基本的な生産体制は大きくは変わっていないことがわかる。
むしろ大きく変わったのは、ワインをめぐる(特に日本の)社会的な環境だろう。訳者の山本氏は、「(ブルゴーニュは)ボルドーに比べると比較にならないほど生産量が少ない。それに加えて、さまざまな流通上の理由が、このワインの値段を高くするとともに、良いものと悪いものとの選択をむずかしくしている」(15頁)と説明しているが、今の実感で言えば、ワインショップの店頭に並ぶブルゴーニュの銘柄も本数も決して少なくはない。だいたい、ブルゴーニュという地名自体がワインの産地として既に定着しているから、現在なら本書の副題でも英語の「バーガンディ」は用いなかったのではないか。
さて、ブルゴーニュにはボジョレも含まれるのだけれど、この本が出版された1980年代初めには、ボジョレ・ヌーボーはまだ日本で社会現象にはなっていなかった。本書の記述も、「ごく若いボジョレを楽しむ飲み方は、今ではフランス中に普及し、近年、イギリスにも移るようになった」(150頁)、「極端な例をとれば、ボジョレの新酒合戦となると、現地で新酒の搬出が解禁になる11月15日の当日に、ロンドンでボジョレを飲むことができるように運ぶ業者さえ現れている」(51-52頁)といった程度どまり。時差の関係で最も早く新酒が飲める極東の国で深夜パーティが開かれる、などという事態は当然想定外であった。この本におけるボジョレの捉え方は、他のブルゴーニュの地域と同様詳細かつ精密なものであり、自分としてはむしろ、「ボジョレとなればなんでもかでも1年以内に飲まなければという俗説がひろまってしまったようだ」(152頁)という著者の警告に少し反省してしまった次第。今年からは、自分なりのボジョレの飲み方を考え直してみようか。