「PARIS」

渋谷のル・シネマで、ようやくセドリック・クラピッシュ監督「PARIS」を見る。公開からだいぶ経っているが、観客の入りはなかなか良くて、興業は安定しているようだ。
クラピッシュお得意の群像劇。パリを舞台に、様々な年代、人種・民族、社会的境遇の男女が交錯し、出会い、あるいは傍らを通り過ぎていく。フランス映画らしくあちらこちらで恋の花が咲き、また寂しく苦い別れもある。
パレ・ロワイヤル、ソルボンヌ、サクレ・クール、モンパルナス・タワーと、観光名所が目白押しで登場。これで当たらないはずはないと思う。逆に観光映画の要素が強くなって、せっかくの群像劇を後景にしりぞけさせることになっているような気がしないでもない。
1点、パリを描いた映画としてこの作品が卓越している要素がある。それは、ランジスのパリ中央卸売市場(実はパリ市外のヴァル・ドゥ・マルヌ県に所在し、映画パンフレット中の「ロケ地案内」でも欄外扱いされている)を、重要なロケーションとして選んでいることだ。パリ市内の市場の八百屋も肉屋も、夜か早朝にランジスで仕入れをする。仕入れの後で一杯ひっかけ、冗談の飛び交うブラスリー。肉の吊るされた冷蔵倉庫でのかりそめの恋までも、ここでは描かれている。
かつて卸売市場はシテ島のすぐ北、レ・アールにあった。今はショッピングモールとなっているレ・アールからランジスに移転したのが1969年。それ以来、ランジスはパリ市外にありながら、「パリの胃袋」であり続けている。
以前このブログでとりあげた雑誌『旅』の「パリのカフェ特集」で、クラピッシュはこの映画について「真っ向からパリの『肉体』を撮ってみたくなった」と語っている(67頁)。肉体に胃袋は不可欠。だからこそ、彼はランジスをクローズアップしたのではないだろうか。
何年か前、ランジスに行ったことがある。パリ圏の公共交通で初導入された「全面専用レーンバス」に乗りにいったところ、終点がランジス市場内だった。現在では路線が延長されているが、当時はランジスから同じバスで戻ってくるほかなく、場違いな日本人はただすごすごと帰路を急いだのであった。