『図書館であそぼう』

あくまでも印象なのだが、バブルがはじけ経済の停滞感が広がった1990年代以降、図書館の利用者は目に見えて増え、また図書館それ自体もそれまでと比べ、俄然世間の注目を集めるようになったように感じられる。そしてこれと並行して、図書館について書かれた本、特に新書類が多く刊行されるようになった。
今日読了した辻由美『図書館であそぼう』(講談社現代新書、1999 現在は品切)もそんな中の1冊なのだが、この本の特徴は、フランスの図書館事情に関してかなり詳しく記載されていることである(不明なことに読み始めるまで知らなかった……)。辻氏はフランス語の翻訳家として多くの書を翻訳・執筆しており、日本でもフランスでも図書館を積極的に利用している。そこで、実体験や両国の比較を通して「図書館であそ」ぶノウハウをいきいきと伝えようという意図がこの書にはあるわけだが、実はフランスにおける図書館の全貌を伝える本は専門書も含めほとんどないので、その点でも本書の存在はかなり貴重なのである。
この本が伝えるフランスの図書館の全体像は、おおむね以下のようにまとめられるだろう。

  • フランス国立図書館(14世紀に起源を有し、納本制度に基礎を置く研究図書館)
  • 公共情報図書館(1977年に開館した国立の施設。ポンピドゥー・センター内にあり、一般的な調べものに重点を置く)
  • パリ市立図書館(57の小規模図書館のネットワーク。貸出機能が中心)
  • 地方の図書館(県立図書館と市町村立図書館等で構成。県立図書館を中心とした資料提供ネットワークを軸として機能している。図書館のないところでは町村役場や学校などもネットワークに含まれる)
  • 各種専門図書館(パリ科学図書館、自然誌図書館(以上国立)、音楽図書館、行政図書館、美術・装飾芸術・工芸図書館、推理文学図書館、グラフィック・アート図書館、フェミニズム図書館、パリ市史図書館(以上パリ市立)など)

大学図書館などの教育機関に設置された図書館を除けば、以上でおおむねフランスの図書館の概要には触れているのではないかと思われる。
日本との違いで最も興味深いのは、パリ市立図書館が(専門図書館を別とすれば)日本の市立図書館分館程度の規模の図書館の集合体でしかないこと。都立中央図書館にあたる存在がないわけだ。歴史的な経緯があるようだが、2大国立図書館を擁するとは言えど、パリ市民の一般的な図書館アクセスは東京などと比べて便利と言えるのかどうか、ちょっと気になった。
実は自分も、フランス国立図書館(BNF)と公共情報図書館(Bpi)には訪問したことがある。1996年に第1期オープンを果たしたパリ13区のBNF新図書館には、パリ旅行のたびに訪れているほど。それまで2区にあった図書館は、研究目的を説明して許可証を入手しなければ入れなかったが、現在はフロアが「学習図書館」と「研究図書館」に分かれており、前者には3.30ユーロの入館料を払えば自由に入館できる。「学習図書館」というネーミングでも資料は相当本格的で、しかもスペースは広大。フランスの知の世界を一日中満喫できる(「研究図書館」フロアの入場には引き続き許可証が必要)。
意外な本でフランスに関する知識を十分に得ることができ満足。今度パリに行ったら、市立図書館のどこかの施設に行き、その使い心地を体感してみたい。

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そう言えば、9月15日の『日本経済新聞』でフランス国立図書館が紹介されていた。五十嵐太郎氏の「建築と植物 出会いのかたち十選」というコラムに、建築家ドミニク・ペローのデザインによる中庭が取り上げられている。「ノルマンディーからマツを移植し、巨石を並べ、やぶを配置」して作られ、今となってはかなりうっそうとした図書館のなかの森。書物に対する虫害を懸念して、アクセス不可の禁断の庭になっているというのも、面白いというか、なんか矛盾してない?というか。