混迷深める乳業の動向

スイスの酪農、牛乳生産業は、国のシンボルとも言える存在。伊藤一氏(地理学者)はその著書で「ミルクはスイスの基礎食糧である。日本でいえば、米にあたる」とまで言っている(『スイス的生活術』出窓社、1998、30ページ)。その牛乳生産が、農政改革の一環としての生産自由化(生産調整の緩和)、そして世界的な乳価の低迷のダブルパンチを受け、苦境に立たされている。自由化のプロセスを重視しつつも、生産者と乳製品加工業者らが協議してある程度の安定性を確保することが、喫緊の課題になっていると言えるだろう。2月2日付の『ル・タン』紙は、そうした協議の現状、またその難しさを報じている(Le réorganization du marché du lait commence par décevoir les producteurs. Le Temps, 2010.2.2, p.9.)。
スイスでは、昨年5月に酪農農家への生産割当制が廃止になった後、翌6月、この問題に対処するため「乳業関係者協議会」が設立された。生産者団体、加工業者団体、大規模流通業者(ミグロ、コープ)などがメンバーとして参加。市場原理も活用しつつ、乳価の安定、生産者と加工業者の調和などを図っていこうという目標を掲げて準備を進め、今年1月に入ってようやくその第一歩を踏み出した。加工用牛乳は原則として、3か月ごとに取り決める契約で定められた生産量と価格で流通させること、契約外生産に関しては一定の価格以下で取り引きさせることなどが基本方針。これによって一応の自由を許容し、実質的には生産量を制御して、その分価格を一定レベル以上に維持しようというもくろみだった。
1月の取り決めで、契約上の生産量は3.6%削減された。ところが生産者乳価の引き上げについては関係者間の合意をみることなく、結果的に指標価は当面(3か月間)据え置き(キロ当たり62サンチーム)となってしまった。加工業者や流通業者側が非常に強硬な姿勢で交渉に臨んでいたとも言われる。
生産者側はこうした結果に対して一斉に不満の声を上げている。スイス農民組合(USP)は、乳価は国際的に回復基調にあるにもかかわらず、協議で引き上げにならなかったのは非常に遺憾であると主張。協議会のメンバーであるスイス牛乳生産者連盟も、今回の取り決めは合理的な説明ができるものではなく、受け入れ不可能と批判している。
結局のところ、政府が協議会の活動を下支えする旨の決定をすることで、ある種の支援を図ることになると見られるが、これは明らかに緊急避難的な措置でしかない。右派のスイス国民党は、農民保護の立場から協議会の廃止を主張しているが、これとても協議会での合意形成に対する代替案を提示できているわけではない。
自由化それ自体は待ったなしの情勢で、維持可能な酪農、牛乳生産体制をいかにして構築するか。どうにも出口の見えない試行錯誤がしばらく続きそうな状況である。

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鈴村和成『愛について−プルースト、デュラスと』(紀伊國屋書店、2001)からの一節。
「『失われた時(を求めて)』はきわめて長大な作品であるにもかかわらず、ひとたび作品のなかに入り、読むことが進行し始めると、それが“長い”ということが気にならなくなる。それはちょうど眠りに入った人が眠っている時間を長いとも短いとも判断できないと同様である。」(107ページ)
う〜ん、確かに作品世界にのめりこむように感じたこともあったけど、でもやっぱり全10巻(ちくま文庫版)は長いよ。寝食忘れて入り込むだけの情熱がないのは、結局こちらの気合が足りないということかな。