債務危機でも銀行資本増強への眼差しは冷たく

御承知のように、欧州債務危機に対するEU等の包括戦略の策定は、この数日の間に一つの(何度目かの)山場を迎えた。今後、10月26日のユーロ圏首脳会議において一連の方策を最終合意し、11月上旬に開かれるG20首脳会議でこれを表明することが予定されている。欧州銀行の資本増強、ギリシャ向け金融支援への民間負担、欧州金融安定基金(EFSF)の拡充が方策の3本柱だが、そうした施策の前提として、金融機関への刑事罰などの制裁等、多岐に亘る金融規制強化も想定されていると言われる(以上、『日本経済新聞』2011年10月20日、10月21日夕刊、10月22日夕刊を参照)。10月16日付の『ル・パリジャン』紙は、バローゾ欧州委員会委員長に対してインタビューを行い、EU債務危機戦略につき、特に銀行の自己資本拡充、金融機関に対する罰則強化等に力点をおきつつ訊ねている(Marchés financiers: ≪Des sanctions pénales pour ceux qui violent les règles≫. Le Parisien, 2011.10.16, p.10.)。
バローゾ委員長はまず、「11月3日、4日にカンヌで開催されるG20首脳会議において、欧州は、ギリシャ危機を繰り返さず、そうしたリスクの伝染を完全に防除するために不可欠な改革に向けた明確な基礎を、公式に提示しなければなりません。そのことによってのみ、欧州の金融上、ひいては政治上の信頼が取り戻されることになるのです」と、債務危機問題の解決に向けて実効性のある合意形成を短期間に確立することへの決意を改めて示す。これに対して『ル・パリジャン』紙記者の質問は、フランスの一般市民の反応を念頭に置きつつ、圧倒的に金融機関について、特に銀行への公的資金導入の問題に集中する。
最初の質問は、「銀行に対し、本当に資本増強を施さなければならないのか?」というもの。委員長は、「経済への投資、また失業との闘いという点からして、強固な基盤を持つ銀行がきちんと存在するのは「公共の利益」なのだということを、理解していただかなければなりません」と説明し、さらに、「いくつかの銀行は、公的支配を拒否するという観点から、(資本増強のための)救済を受けることを忌避しているようですが、まず現実を直視していただかなければならないのです」と、銀行界に対しても釘を刺す。さらに記者が畳みかけて「2008年から09年にかけてのように、納税者は今回も銀行救済を支持すると思うか?」と訊ねたのに対しては、まず「御指摘の時期に公的資金を投入し、最終的に損失を出した国はありません」と断った上で、国もしくはEU機関からの公的資金が投入された銀行は、それが完済されないうちはボーナスや配当を出すことを禁止する、不正な金融取引を実行した個人に対する刑事責任の所在をEU法の体系に導入するといった方策の実施を前向きに考えている(そして、こうした厳格主義があれば、市民の一定の理解も得られるのではないかとする)点を強く表明するのである。
要するに、これまで各国法のレベルで問われていた不正取引(そのうちの一部分は確かに金融危機の遠因になっているだろう)について、今後はEUとしても法的な処罰の対象とすることを打ち出す(冒頭で言われる「金融機関への刑事罰などの規制強化」)ことで、公的資金導入という、どうしても反発を買いやすい施策に道筋をつけたいというところだろう。世界経済というマクロな視点から見れば、欧州経済の崩落に歯止めをかけるため、予防的であっても主要銀行の自己資本を充実させる(いわゆる狭義の中核的自己資本比率9%以上)ことは、いかなる手段を使っても(例えばEFSFによる資本注入など)必要である。しかし一方で、例えばフランスの一般市民に対してはまず、「血税で銀行が救済される」という理解(ないし無理解)に発する根強い不満への対処を考えなければならない。日本でかつて同様の状況が生じた時にも、「金融機関への罰則強化」や「銀行員の高給引き下げ」がしきりに取り沙汰されたのが思い出される。しかも(バローゾ委員長の高らかな宣言に留保を付けつつ言うならば)こうした一連の施策をもって、ギリシャを起点に南欧各国等に波及の兆しを見せる信用不安、そしてそれらの国々の財政健全化といった問題が、完全に決着するとはやはり言い難いのではないか。今回の山場を越えても所詮は一里塚を通過しただけ、そんな結論になってしまうほどに、債務危機の根は深く、辿るべき道はまだ遥かに遠いのではと思わせるものがある。