ワイン投資ファンドは堅実か、それとも邪道か

愛飲家と名乗るほどではないにしても、時にはワインを味わい、その美味しさに感動することもある身としては、そこそこの値段で適度に楽しめるワインと付き合っていければ充分というのが正直な気持ちではある。ただ世の中にはそれだけで満足できない人たちがいるのも事実であり、その代表格が優れた銘柄でかつヴィンテージ(生産年)が飛び抜けている、いわゆるプレミアムワインを保有し、それを楽しむことに情熱を傾ける人々。そしてまた、秀でたプレミアムワインは年期を経るほど価値が上がるので、これを投資対象にしてしまおうと考えるビジネスパーソンも出現する。6月14日付のスイス『ル・タン』紙は、ワイン専門の投資ファンドに取材して、その現状をレポートしている(Crus en stock. Le Temps, 2012.6.14, p.27.)。
登記上の本拠地をルクセンブルク、そして実際の商品の大規模倉庫をジュネーブ近郊に有するワイン投資ファンド「ノーブル・クリュ」。そのファンドマネージャーを務めるクリスティアン・ロジェ氏はもともとイタリアのプライベート・バンク出身で、大のワイン好きでもあったことからその知識と人的ネットワークを活かし、いつしかフランスなど世界中の著名なドメーヌから産出されるプレミアムワインを優先的に入手することができるようになった。そしてその彼の実績やノウハウに、新しい金融商品の開発・販売を専門とするベンチャー企業「エリート・アドヴァイザーズ」が注目し、2008年に同社管理下の投資ファンドが発足することになったのだ。15万スイスフラン(約1,250万円)の最低投資単位をクリアした投資家が参与しているこのファンドは、設立以来2011年まで、毎年10%ないし20%もの利回りを記録してきた。
ロマネ−コンティ、オー・ブリオン、オーゾンヌをはじめ、ファンドの管理下にある名だたるワイン約2万本は、温度・湿度が完全調整されたジュネーブの倉庫で静かに眠りつつ、更なる熟成を続けている。ロジェ氏は記者に1945年のムートン・ロートシルトを手に取って見せながら、「(管理を誤って)ちょっとでも価値が下がったら、値段は30%から40%も落ちてしまうのです」と語り、ワインを扱う際に必要な繊細さを説明する。これらの在庫(すなわちファンドの中身)は少しずつ入れ替わっており、一部は他の投資ファンドに転売されるが、普通に高級レストラン向けに放出されることもあるのだという。
確かに、ここしばらくの間(正確には8年ほど)、高級ワインの価格は高騰を続けていた。それを支えたのは主にボルドーの有名銘柄であり、中国市場等での需要の伸びが好調を後押ししたと言われる。過去15年間に、ラフィットやペトリュスといった最高級品の値段は平均で5.5倍にもなったのだそうだ。しかし今年は、こうした好調ぶりに対して急に影がさした。イギリスにあるロンドン国際ワイン取引所が算出している100銘柄の指標(Liv-ex 100)は、ここ1年間に15%近くも下落している。さらにこれと並行して2011年ボルドー産新酒の価格が大幅に下がっており、例えばラフィット−ロートシルトの場合は45%もの大暴落。しかしロジェ氏はこんな動向に対しても冷静さを失わず、そもそも「ノーブル・クリュ」はボルドーへの依存度が低く、むしろ価値がいまだに安定しているブルゴーニュの割合が50%近くにのぼっているため、成績に大きな影響はないだろうと説明し、さらに今年も5月までの時点では約4%の利回りを確保していると断言する。
一方、ワイン投資に関する著書を有するエコノミスト、ジャン−フィリップ・ヴァイスコフ氏は、市場の行方についてむしろ懐疑的だ。彼は、投資家にとって現今の経済危機を背景にプレミアムワインが一種の「逃げ場的投資先」になっていることを認めつつ、その投資価値がヴィンテージに大幅に依拠していることを改めて指摘し、恒常的な投資の対象にはなりにくいのではないかとする。そして、「ロバート・パーカーが2009年のボルドーを50年間で最良などと評したものだから、その価格が高騰したわけですが、これは結局バブルではないかと思います」と敢えて主張するのである。ヴァイスコフ氏もさすがに、希少性の高い超高級ワイン(例えば、年間6000本未満しか作られないロマネ・コンティなど)には投資の意味もあることを認めるけれど、評判の悪い2011年物については「将来的に価格が上がることなど期待できないのに、瓶詰め前の時点で買い付けるなんていかがなものでしょうか」と、価値の上昇を勝手に当て込むのは避けるよう強く奨めている。
「ノーブル・クリュ」については、そのパフォーマンスに対するロジェ氏の自信はどうにも揺るぎそうにない。しかも彼は「我々はワインを投機しているのではなく、評価しているだけです」などという自説も披露している。しかしファンドも一種の金融商品である以上投資であり時に投機であって、その結果には「絶対」などないことはあくまで心得ておくべきだろう。やはり、飲んで美味しいぐらいの気楽さが、ワインとの関わりとしては丁度良いのではないだろうか。