企業メセナでヴェルサイユ宮殿の噴水を修復

17世紀以来、バロック様式の豪華な宮殿と、広大で均整のとれた800ヘクタールもの庭園で、他の追随を許さない存在であり続けているヴェルサイユ。そして意外というか当然というべきか、その維持管理に必要とされる膨大な費用の相当部分は、篤志家や大企業による寄付や援助(メセナ活動)によって担われている。6月26日付のスイス『ル・タン』紙は、このたびジュネーブの財団からの支援によって修復が進められることになった、庭園の核をなす著名な「ラトナの噴水」について、いきさつや事の概要を報告している(Mécène suisse pour fontaine versaillaise. Le Temps, 2012.6.26, p.22.)。
ラトナの噴水は、宮殿側から庭園を見はるかす時に、手前中央に位置する泉。ここから奥に、王の散歩道を辿ってアポロンの噴水に至るルートは、いわばこの庭園のメインプロムナードになっている。ギリシャローマ神話の中でジュピターの寵愛を受けたラトナ、二人の子であるアポロンディアーナの像が最上部に掲げられ、4段式のピラミッド状をなした泉の下層にはカエルや両生類の像が並ぶというちょっと変わった(見ようによっては不気味な)構築物。またこの噴水は、多くの運河や噴水などから成るこの庭園の水流構造のいわば機能上の核の地位も占めており、その分地下水路の形態もかなり複雑に構成されている。
ここに対して実施された大規模な修繕工事は1850年頃のものが最後であり、すでに15年前には再度の修理・調整が喫緊の課題と言われ始めていたにもかかわらず、これまで資金面の手当てがつかないまま、実際に着手されるには至らなかった。今回、800万ユーロと推定される費用のかなりの部分を提供するのは、ジュネーブに本拠を置くフィランソロピア財団。バックについているプライベートバンク、ロンバー・オディエ・アンド・カンパニーと共に、積極的にこの慈善活動に取り組む意欲を見せている。もちろんヴェルサイユでも非常に目立つ建造物であるから、その分修復実績が後の世にも伝わるという効果も期待されてはいるだろう。なお、フィランソロピア財団のティエリ・ロンバール会長は、今回の資金供与の背景として、歴史的に極めて貴重な遺産を保存することの意義を強調すると共に、噴水技術や石工術といった放置すれば廃れかねない職能、そのノウハウを若い職工たちに伝え、残していくことの重要性にも言及している。
11月にスタートする予定の修復作業は、1年4か月程度の期間がかかると予定されている。大理石のひび割れを直すほかに、噴水の基盤部を成す部分から相当の水漏れが生じており、上記で述べた水流構造の手入れに加えて、こうした細かい破損箇所も一つひとつ直していく必要がある。さらに、泉の周辺にある花壇にも手が加えられ、基本的に17世紀当時の設計者であるアンドレ・ル・ノートルのオリジナル設計図に忠実となるよう復元を進めることで、来年に迫った彼の生誕400年に色取りを添えることになる見込みとも言われる。
ヴェルサイユ宮殿級の建造物であれば、ほとんど常にどこかの部分が修理の対象となっているのが普通ではあるが、とにかく近年の工事はその多くを企業のメセナ活動に負うているのが特徴と言えよう。そしてその原点は、1930年代のJ・D・ロックフェラー・ジュニアによる大規模な財政的支援活動にある。つい最近では、鏡の間の修繕(2007年)への総合建築企業ヴィンチ・グループの参与、プディ・トリアノンの大規模館内整備(2011年)に対するスイスの時計企業ブレゲ、そして同社社長であるニコラ・ハイエク氏の貢献などが、非常に大きな意味合いを宮殿に対して持っている。また2011年で見ると、独立した行政組織たるヴェルサイユ宮殿の予算が1億3,000万ユーロであるのに対し、企業メセナによる部分はその内の2,000万ユーロ分を占めている。経済危機を背景として企業援助には難しい要素が今後ますます出て来ると思われるが、圧倒的な歴史遺産的価値、そしてネームヴァリューを背景として、今後も上手な形で民間等の資金を、必要な使途に導入できればよいのだろう。