経済学教育の現状に反論

学生時代、どのように自分の時間割を組んで単位を取得するかはある種の楽しみであり、また悩みでもあったという記憶があるが、事の良し悪しはともかく自分の専門外の科目をたくさん取らなければならないというのはかなり切実な考え所だった。後になって振り返れば、いろいろな授業に出ることで考え方に幅が出たという思いもあるのだが…。さて教養溢れる学問の国(?)フランスでの経済学教育の現状は、予想に反して日本と真逆の展開をしているらしい。専門性特化の度合いが強いと言われており、一部にはその弊害を主張する声もあるようだ。4月3日付の『ル・モンド』紙別刷り経済版は、現状とは別のスタイルでの大学の経済学教育を求める学生たちのグループによる論説を掲載している(La crise économique est aussi une crise de l’enseignement de l’économie. Le Monde Éco et enterprise, 2013.4.3, p.8.)
この学生グループは「PEPSエコノミー」という名前で、PEPSとは「高等教育における多元的な経済教育を目指して」の略。彼らが主催する研究集会には、労働経済学が専門で世界的に活躍するエティエンヌ・ヴァスメール氏、反グローバリズムの立場から批判的金融論を講じることで知られるドミニク・プリオン氏などが参加するなど、少しずつではあるが知的勢力を拡大しつつあるようだ。カナダ、アメリカ、ドイツ、イスラエルなどに類似の考え方を有する団体も存在するのだという。
彼らは、大学の経済学教育は偏っているという自分たちの直感を確認するために、フランス国内のいわゆる経済学部の学士課程における経済学のカリキュラムがどうなっているか、網羅的に調査したという。その結果明らかになったのは、現在の授業体制が「主流派」とされる経済学理論の教育に圧倒的に集中しており、学史・思想史や現状分析、非主流派の経済論、あるいは隣接諸科学などはほとんど教えられることがないという実態であった。
例えば、3年間の経済学学士号取得課程において、経済思想史を教えている大学は極めて少なく(約1.7%)、認識論(経済学という学問領域がよって立つ科学的根拠を分析する)の授業がある課程は1つしかない。現代経済問題について講義する大学も同じくらい僅かで(約1.6%)、この教育スタイルでは経済理論と実際の経済事象とを架橋することは不可能に近いと、PEPSの学生たちは論じている。もちろん(?)政治学、法学、社会学といった同じ社会学の別分野についても教えられることは稀で、確かにこれでは「社会問題」として経済事情を全体的に論じる力は養われそうにない。
現行の体制がとにもかくにも重点を置いているのは新古典派経済学、そしてその延長上にある各流派(新ケインジアン派など)であり、結果的に数学を用いた経済分析が圧倒的なウェイトを占めることになる。これを批判する者たちは新古典派の重要性を当然認めつつも、レギュラシオン学派、環境経済学複雑系の経済学、ポストケインズ主義理論、オーストリア学派といった諸潮流についても、応分の目配りをしてほしいと主張する。PEPSでは既に、現在よりはるかに多元的な内容を有し、主としてテーマ(問題群)を軸としたカリキュラムのひな型を作成済みであり、今後はこれに対して大方の支持を広げていきたいとしている。
リセなど中等教育では経済に関してテーマを軸とした教育が行われているのに、大学に進むとそうした考え方が全くなくなり、数学モデルを中心とした新古典派教育「一辺倒」になるというのも不思議なものだ。あるいは現在のフランスの学部教育では、就職後に直接役に立つ経済学の習得に社会的な期待がかかっており、どうしても主流派を教え込まなければならないといった事情があるのかもしれない。PEPSに集う学生たちの意見表明にも多少の誇張はあり得る。それにしても日本とはだいぶ異なっていそうな課程事情については、もっと別の角度からも考えてみたいところだ。

メタンガス発電の効用と限界

豚などの家畜の糞尿からメタンガスを発生させ、これを発電や肥料生産に役立てていこうという環境改善及び資源リサイクルを兼ねた活動がフランスで始まってしばらく経った。一部ではそれなりの有効性も発揮されているが、総じて一筋縄ではいかないというところのようだ。3月30日付『ル・モンド』紙ではこうした活動の実績や展望を改めて確認している(Le gouvernement pousse l’agriculture française à developper la méthanisation. Le Monde, 2013.3.30, p.14.)。
メタン生成を梃子にしたリサイクルは、フランスでは2007年10月の環境グルネル(政官民・NGO等から関係者・識者を一堂に集めた大規模政策立案会議)を機に実施が強く打ち出され、2009年には法律において方向性が明記された。今年3月29日には、ステファーヌ・ル・フォル農相とデルフィーヌ・バト環境相が連名で、6年前の環境グルネルで示された方向をいっそう推し進めることを改めて示し、メタンガス集積所を2020年までに1,000か所整備するという数値目標も具体的に明らかにしたところである。こうした取り組みが目指す点は大きく2つあり、1つは放牧・畜産業から生じる排水に基づく過剰な有機窒素をメタン発酵により処理し、周辺の土壌等を浄化すること、もう1つはメタン発酵により生成するガス(バイオガス)から発電し、電力会社に売却することによって農家に新たな収入源をもたらすこととされている。農家がこうした事業を展開するに当たっては、第3セクターである公共投資銀行(BPI)から、産業イノベーションを名目とした融資枠も設けられているという。ちなみに、メタン発酵後に残る無機窒素を含んだ排出液については、肥料としての再活用が想定されている。
2007年の会議以降、こうした取り組みがようやく現実化しつつあることの背景としては、2011年にメタン発酵からの生成電力を買い付ける価格が引き上げられたことが大きい。さらに今日では、生成したバイオガスを直接天然ガスの一種として購入するルートが作られたことも少なからず意味を持っている。環境・エネルギー管理庁(ADEME)は、同庁が取り扱ったメタンガス施設の建造件数は、2007年の10件から、2011年に66件、2012年に92件と着実に増加しており、今では総件数が約200件に達している。ADEMEは2012年の1年間で、3,700万ユーロの補助金を本件に関して支出している。
一見したところ見事なリサイクルの実現とも思えるこうした活動に、現在立ちはだかっている大きな問題は、かなりの大規模展開でない限り一連の取組みによる採算を確保するのが難しいということ。ブルターニュ地域圏モルビアン県で本件を実践しているジャン−マルク・オンノ氏の場合、これまでに2回、合計約220万ユーロの投資をメタンガス施設のために行っており、この結果発電された分(約350キロワット時)の対価として、フランス電力会社(EDF)から年間38万ユーロの収入を得ている。オンノ氏の施設でバイオガスを作る上では、家畜の糞尿は原料の4分の1にしかならず、2分の1は農地で栽培しているヒマワリ、エンドウ、オオムギなどの堆肥から、さらに残りの4分の1分は廃棄物活用の専門企業、シタ社からの購入で賄っている。彼はこうして糞尿に基づくリサイクルを採算ベースに載せているわけだが、巨額の投資や手広い耕作等の必要性を考えると、よほど規模の大きい畜産業者、農業経営集団、あるいは協同組合などでなければ、ここまでの展開ができるとは思われない。
フランス以上にメタンガス施設からの電力生成が定着している(約7,500か所の施設がある)ドイツの例を見ると、彼の地ではとうもろこしを発酵源として大量に使用しており、これはフランスに適用できる状況ではない。ADEMEでは最近になって、小規模でも運営可能なメタン生成プロジェクトを立ち上げたと言われ、当面はこの結果が実地に利用できるものとなるかが注目されることになるだろう。

高貯蓄率を活かす道を探す

日本は貯蓄熱心な国というかつて喧伝された話も、今となっては昔のこと。高齢者層がこれまでためてきた預貯金を引き出すのに対し、若年・壮年層では多少の蓄えを持つことさえ容易でないというのが実際の姿になってしまっている。その結果として、高い家計貯蓄率を長い間キープするフランスが2010年で16.1%というスコアを出しているのに対し、同じ年の日本はわずか2.1%まで落ち込んでいる(金融広報中央委員会のデータによる)ことは、統計上の事実としてよく認識しておくべきところだろう。さて以下はフランスについてだが、上記のような高い貯蓄率を背景にすると、次にはどうしても「それだけの貯蓄がいかに経済活動で活かされているのか」が論点として浮上してくる。3月27日付の『ル・モンド』紙はこのあたりの現状、また各方面の思惑などを伝えている(L’épargne des Français, objet de convoitise. Le Monde, 2013.3.27, p.11.)。
フランス人の貯蓄意欲は、金融危機以降この数年でますます強まっているとされるが、この世界的にも群を抜く特性はどうして生じているのか。生活環境調査研究センター(CREDOC)の消費者部長、パスカル・エベル氏は、もともとフランスでは消費者金融が発達していなかった(つまり、急な物入りの時などに金を貸してくれる先が容易には見当たらない)ことに加え、アングロサクソンの国々に比べて金銭面で警戒心が強い(足りなくなる日がくるのではという悲観的な気持ちを抱きやすい)という全般的傾向があると説明している。「備えあれば憂いなし」という気分が大方に定着しているとすれば、今後も貯蓄に精を出す傾向は、それほど短期的に弱まることはないだろう。
そこで経済界からは、国民が貢献している貴重な金融資産をなんとか活用できないかという発想が台頭してくる。これまでであれば銀行などを通して、産業振興等に必要な資金は適切に確保されてきたのだが、実のところ昨今は事情が異なっているらしい。銀行は世界的な金融規制強化の波にさらされ、リスクのある融資先には十分な資金をこれまでのように供給しにくくなっている。証券市場もリーマン・ショック以降の世界的な混乱の影響をいまだにひきずっていて、資金の需要と供給がうまく回る状態になっていない。いまさらながら市民が貯めているお金に強い関心が集まるというのには、そうした金融分野における機能不全とも言える実状があるようだ。
フランスで愛好されている貯蓄商品としてはまず「リヴレA」が挙げられる。一定限度額の範囲で非課税になる貯蓄口座で、オランド政権の下、限度額の引き上げも検討されているという。低所得者のみを対象とする庶民通帳預金、さらに中小企業やエネルギー部門への資金供給を専門に想定した持続的発展通帳預金などもあって、こちらも非課税だ。一方これらと毛色が異なる金融商品として「貯蓄保険」というのもある。金融機関の窓口で扱われ運用は保険会社が担当するが、生命保険ではなく、いわば「資産形成のための積立商品」と位置付けられている。家計貯蓄の残高でみるとこの貯蓄保険と、リヴレAその他の預貯金が、およそ2対1の割合になっている。
これらの預貯金額をいかに「有効に活用する」かについて、エコノミスト出身で現在は社会党所属の国民議会議員であるドミニク・ルフェーヴル氏を中心として報告書の策定が進められている。おそらくその中では、これまで公共基盤の資金源としてもっぱら位置付けられてきたリヴレA貯金額の使途の見直しなどが検討されることになるだろう。貯蓄保険も上で見たように残高が多く、しかも相対的に長い運用を特徴としていることもあって、長期資金を渇望する向きからは注目されているようだが、フランス保険会社連盟(FFSA)のベルナール・スピッツ氏は、支払い保険料の多くが既に社債や株式に投資されているという事実を再確認してほしいと主張している。これはまあ、保険会社経営上はまず当然といったところではないだろうか。
そうなると、国民の手元にある資金を産業にもっと振り向けるための施策としては、まずは預貯金以外で、「株式積立スキーム」(PEA)といったプログラム(株式を5年以上保有した際には税制上の優遇措置が生じる)がもっと関心を呼ぶよう努力することが手っ取り早いのではないか。フランス金融市場協会(AMAFI)のピエール・ドゥ・ローザン事務局長は、投資対象を中小企業に特化するようなPEAを新たに設けることなども提案している。預貯金関係では多少技術的な話になるけれど、貯蓄保険のうち元本保証である「ユーロ・ファンド」のみを運用対象として組み込んでいる商品につき、その「代償」として一定期間の口座固定(原則的に期間内は解約や変更を認めない)を導入して、投資資金としての安定性を確保するといった工夫もできるかもしれない。
金融機関がこれまでほどうまく機能を果たせない現代の環境において、家計(国民)と企業は金融面でどのように結びついていけばよいのか。フランスでは安定した高貯蓄率というお国柄も反映しつつ、こうした課題が切実なものとして台頭してきているのだと言えよう。

本当には喜べない雇用状況

いわゆる00年代の10年間、他のヨーロッパ諸国やアメリカ、日本などと比べて、スイス経済が相対的に好調だったことは比較的よく知られており、またその堅調な経済状況は雇用の増大にもつながった。これを「スイス雇用の奇跡」とも言うそうだが、仔細に中身を見たときに、実は本当に手放しで評価できる内容なのか、疑問がないわけではない。3月16日付の『ル・タン』紙は、雇用創出をただ喜べない事情について、識者の見解を交えながら分析している(Le miracle de l’emploi en Suisse repose sur des bases vulnérables. Le Temps, 2013.3.16, p.15.)。
一言でいって、スイスの雇用は非常に安定している。最近10年間の失業率は2%から3%の間を推移しており、この間約37万人分の職が新たに生み出された。そして背景としては、2000年頃のITバブルとその崩壊がもたらした混乱、そしてもちろんリーマン・ショックに端を発する金融危機の影響などが少なからずあったにもかかわらず、国内市場の底固さ、付加価値の高い商品やサービスへの集中が進んでいることなどが功を奏したという見方も一見成り立ちそうにみえる。しかし識者は、好状況でありそうなこうした事情に対して少なからず懐疑的だ。スイス経団連のチーフ・エコノミスト、ルドルフ・ミンシュ氏は、雇用が増加した分野が、医療関係、社会関係、公共サービス、その他のサービスの4つに著しく特化していることを明確に指摘する。これらは景気を反映して伸縮する職業領域ではなく、さらに(とりわけ公共サービスなど)それ自体が何かを生産するという要素がほとんどない分野と位置付けられよう。連邦経済省経済政策局景気調査課長のブルーノ・パルニサーリ氏は、こうした状況が結果的に国の平均的な生産性レベルを引き下げるのではないかとすら危惧している。
確かに工業の領域で雇用が大きく伸びた部門もあるが、それは医薬品、化学産業、時計業の3種に限定されている。機械産業は金融危機後の後退局面からまだ立ち直っておらず、この5年間に約1万人(就業者の8%)が減少した。長く続くスイスフラン高の傾向が、工場立地を諸外国に移転させる傾向をもたらしたのは、少なくとも産業総体としては間違いないようだ。さらに従来スイスの強みの一つであった観光業・飲食業について、ここ10年間でかなりの雇用喪失が生じているのも大きな問題であり、これはフラン高という一時的要因のみならず、もう少し構造的な問題の所在(集客力に陰りが生じる要因など)を検討する必要性を感じさせる。
さらに、スイス労働組合連合(USS)に属するエコノミスト、ダニエル・ランパール氏が指摘するように、雇用者数の統計からはこの間の非正規雇用の増大といったトレンドが隠されてしまっているという点も見逃してはならないだろう。「奇跡」ということばに踊らされずに実状を丁寧に見ていくと、現在のスイスはむしろ、(産業立地の外国流出を食い止め、かつ労働生産性を高いレベルに維持できるような)新たな産業政策、労働政策を構想していくことが必要な段階に来ていると言えるのではないだろうか。

不正木材取引の防止のための施策実施

国内に相当量の森林資源を有していながら、木材需要の約80%を輸入に頼っている日本。輸入元は多岐にわたるが、東南アジアの一部の国では日本が第一位の輸出先になっており、その分それらの国の森林に日本が与えている影響は少なくない。近年、木材の国際取引に適切な秩序を設け、生態系を破壊するような闇雲な伐採を防ごうという動きが盛んになっており、日本もこの流れに確実に沿っていくことが求められている。3月5日付のフランス『ル・モンド』紙は、法規をもって違法伐採防止、不適当な木材取引の抑制に乗り出したEUの現状を伝えている(L’Europe s’arme contre l’importation de bois illegal. Le Monde, 2013.3.5, p.7.)。
EUでは2003年に、国際的な木材の無法な伐採、これら伐採材の広範な貿易流通といった状況を抑制するための行動計画を策定して以来、そのための有効な方策を模索してきたが、最終的にEU市場に対してこうした木材の流入を制限するための法制化を実施するところとなり、3月3日に施行された。今後は、EU内に外部から木材(木板や加工材、パルプ及び家具類なども含む)を最初に持ち込む輸入者は、輸入元の国、木材を産出した地域や具体的な土地の場所、木の種別、輸入量、商品供給者の名称及び支払い額などを全て明らかにすることを求められる。これらの情報から取引に問題がないかどうかの検討がなされ、最終的に違法性が見出された場合は罰則(商品の押収、営業停止、罰金等)の適用も考えられるという。
規則施行翌日の3月4日には、イギリスの環境保護NGOであるグローバル・ウィットネスが、リベリアからの不法木材(輸出許可が政府によって凍結されている土地で伐採した木材)をフランスのナント港経由で輸入した疑いでドイツの業者を告発するなど、施行を期に問題のある取引を正そうとする動きが早速見られた。一方ヨーロッパの木材関連企業や流通業者の間では、NGOに狙い撃ちされるのを防ごうと、非営利組織である「森林管理協議会」(FSC)や「森林認証プログラム」(PEFC)などによってトレーサビリティが確保された原料を入手するようになってきているとも言われる。
伐採材輸出国の一部(現時点ではカメルーンインドネシアなど6か国)では、国として輸出手続の合法性を保証する代わりに、欧州市場へのアクセスを確保する自主的相対協定を、EUとの間で取り決めるという動きが見られる。さらに木材を使用する側の国々では、例えば世界自然保護基金WWF)のフランス支部が、ホームセンター等大規模小売店舗でどれだけ取引の適切性が考慮されているかの調査を行い、「カストラマ(ホームセンター)やイケアは健闘、サン−マクルー(外装材等販売店)やアンテルマルシェ(小売チェーン)では問題点目立つ」等の報告を発表するなど、消費者サイドで問題を見極めるための取組みも進んでいる。
しかし世界銀行等の情報に基づけば、現時点で引き続き世界の木材取引の20%ないし40%に不法性、不適当さが見受けられるというのが実状。実は上記の自主的相対協定の取り決め国であるリベリアから輸出された商品にも疑惑が発生しているなど、健全貿易を目指す現存の施策が必ずしも十全に機能しているとは言えない。EUの新制度によれば不法な取引には罰則適用もありとされているにもかかわらず、フランスではまだ不正を取り締まるための組織の検討も進んでいない状態である。さらにやっかいなのは、中国やブラジルといった、自らも木材を大量に輸出し、また世界的な流通の要ともなっている大国が、こうしたEUの動きにほぼ無反応であること。これはつまり、大きな抜け穴が流通経路に空いたままになっているということであり、その点を踏まえれば、各種の認証・検査を専門とする国際企業、SGS社のロズリーヌ・ドゥフェール氏が「不正交易との闘いは、(上記のような)第三国の協力なしには達成し得るものではありません」という指摘は重要かつ適切なものと考えられる。
それでも、世界の森林資源が全体として持続可能なものになるための取組みはまずもって緒に就いたばかりというところだ。熱帯地方を中心とする森の喪失が今のまま進んだ場合の事態は世界的に非常に懸念すべきものであるだけに、少しずつでも今後前向きな動きが出て来ることが望まれる。

「グラン・パリ」支える高速鉄道計画明らかに

パリの中心市街地は東京とはだいぶ異なりかなり小規模なものだとは思うが、それでも人口は市境(もとの市壁)を超えて郊外に広がり、周辺県や自治体をパリとの連関の中でどのように発展させるかは、かねてから大きな課題となってきた。近年になってようやく形を取り始めた「グラン・パリ」計画はこうした課題に応えようとするもので、構想自体の必然性は大いに認められるものの、財政面等を考慮した実現可能性については、まだ論じられるべき点が少なくないようにも思われる。3月7日付の『ル・モンド』紙は、見直しを経て再策定された高速鉄道計画について、その概要や見通しを説明している(Grand Paris: 200km de metro, 72 gares d’ici à 2030. Le Monde, 2013.3.7, p.11.)。
今回、エロー首相による発表という形で明らかになったのは、その名も「グラン・パリ・エキスプレス」(メトロ拡張)計画。ご存知のようにグラン・パリ計画自体はサルコジ政権時代に打ち出され、関連法の制定、実施主体となる公社の設立などが進められてきた。オランド大統領への政権交代の後も基本的な方向性は引き継がれているが、計画をさらに推し進めるにあたって再度の精査が行われている。鉄道については昨年12月に、パリ交通公団(RATP)の元郊外鉄道部長であるパスカル・オザネ氏がセシル・デュフロ地域間平等・住宅相に対して報告書を提出し、元のプランをそのまま進めた際の資金面の難しさなどを指摘した。今般出された新計画は、既存案の骨子を尊重しつつ、提起された懸念などを考慮したものになっている。
新計画でもっとも大きく変更されたのは、事業終期をこれまでの2025年から2030年へと5年延伸したこと。総整備費用はオザネ報告書で示された300億フランよりはやや少なく見積もられたが、それでも当初の210億フランを大きく上回る270億フランとされている。この資金を調達しつつ建設を進めるには工期の延長が不可避(長期間に分けて少しずつ費用を計上する)という判断になったということだろう。もっとも見積もり増額分のうち30億ドルについては、比較的旅客数が少ないと予想される新路線において、車両やホームのキャパシティを一部節約することで賄うことが想定されている。
「グラン・パリ・エキスプレス」計画は、既存路線(11、14号線)の延伸、新規路線(15〜18号線)の建設及び現行メトロの刷新(システム改善など)から成り、200キロの路線、72の駅が新設される予定というから、極めて大規模な計画と言える。特に壮大なのが新15号線で、パリ市境のかなり外側をぐるりと一周する路線となる。現行の14号線(サン−ラザール、シャトレ、国立図書館などを結ぶ線)は主として南方に伸びてオルリー空港に達し、一方で新しい17号線はシャルル・ド・ゴール空港につながる。総じてこれまで郊外鉄道(RER)が担っていた輸送機能の一部を、メトロの延長・発展形であるエキスプレスが引き受けることになるわけだ。ちなみに運行ダイヤに関する方針もメトロと同じで、時刻ではなく運転間隔で制御していく(3分、5分といった間隔を路線や時間帯によって決め、それを基準に運転する)ことになるという。
今後はまず2014年に複数の路線について一斉に建設準備が始まる予定。どこかの路線から優先的に手を付けるという方針は今のところ存在しないらしく、仮にあったとしても公にはされていないが、これは各地の地元政治家同士のあつれきやつばぜりあい、ひいては疑惑や不正といった問題をできる限り回避したい意向からする「作戦」ということのようだ。
「グラン・パリ」の構想には、現在のパリ中心部への一極集中傾向を緩和し、より拡張的な都市域の発展、さらに「多心型」と言われる都市形態を作りつつ、同時にコンパクトな地域運営を目指す方向性が示されているという。その趣旨はよくわかるし、またパリ市の外延部を公共交通機関の効果を用いて発展させる、特に郊外と郊外を結ぶ線を機能させるという考え方には共感するところもあるのだが、ただ今日的な経済・財政状況の中で、巨額の公共投資を必要とするこれだけの鉄道建設計画が実現できるのか、やはり少なからず疑問がわいてくる。そのあたりはこれからよく見守っていければと思う。

映画産業は今もまだ好調か

巨大シネコンが各地で豊富なラインナップでの上映を行い、根強い人気を誇っているように見られる日本の映画産業だが、地方では休館する施設が相次ぐなど頭打ち傾向もあって、展望は予断を許さないと言われる。さて映画発祥の地の一つであるフランスで、近年の動きはどうだろうか。2月26日付の『ル・フィガロ』紙は、昨年の興行成績等を基に「第七芸術」の現状を探っている(Le cinema a fait le plein de seniors. Le Figaro, 2013.2.26, p.24.)。
メディアメトリ社が毎年調査している映画観客統計によれば、昨年1年間に映画を見に行ったことがあるのは3,890万人で前年比100万人増となっており、ここ10年では630万人も増えている。一方、映画館の総動員客数は2億400万人で、こちらは昨年より少し減少した。映画産業としては総動員数が増える方が(収入増に直接つながりやすいので)より望ましいだろうけれど、とりあえず映画を見に行く機会を持つフランス人が増えているという事実も、それだけ娯楽として安定した地位を保っているという点で、決して悪くないことではないだろうか。
観客層としてまず挙げられるのはやはり若者で、89%が映画を見たと回答しているからその比率はとても高いと言っていい。もっとも、しばしば映画館に出かけるという点では60歳以上の高齢者が他に抜きんでており、2人に1人が定期的に足を運んでいるのだそうだ。彼らが好むのはまずコメディで、昨年はブルーノ・ポダリデス監督「おばあちゃんの葬式」や、ステファンヌ・ロブラン監督、ジェーン・フォンダ出演の「みんな一緒に」などが人気を集めた。さらにドラマ映画では、モーリアックのノーベル文学賞受賞作をクロード・ミレール監督が再映画化した「テレーズ・デスケルウ」や、最近カンヌ映画祭パルム・ドールを獲得したミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」なども広く注目されたと言えるだろう。
また、今年の調査でとりわけ浮き彫りになったのは、ごく稀にではあるけれど面白そうな映画を見るといった観客の存在。映画鑑賞は年に1回と答えた人が実に2,540万人にのぼる。これらは主にいわゆる家族層で、「ザラファ」、「ニコ−トナカイの冒険」や日本でも公開された「マダガスカル3」といったアニメ長編、さらにその他の超大作を楽しむ人たちだ。彼らを集客することで大ヒット映画が生まれるわけだから、公開前を中心に効果的な宣伝が欠かせないということになる。
フランス人にとって映画とは、現実をひととき逃れて別の世界を垣間見ることのできる娯楽であり、しかもヒット作から地味な佳作、エンターテイメントから芸術派まで幅広いジャンルや内容のものが揃っている。日本では近年、邦画の台頭が目立つ感があるが、一方でかつてほど多様なフランス映画が見られなくなったという印象も否めない。この記事を読みながら、しばらくぶりにいろいろな作品に触れたくなってきた。